第50話 美由の部屋

 俺は大和と別れると美由の部屋に向かった。美由は毎日、部屋に来てくれているが、美由の部屋に行くのは初めてだ。俺はドキドキしながら、インターフォンを押した。


「はい、今出るねぇ」


 パタパタと言う足音が聞こえる。別には走らなくてもいいのに……。


「どうしたの? 珍しいね」


 扉を開けて美由がひょっこりと顔を出してきた。


「立ち話もなんだから、部屋入らない?」


「えっ!? いいの?」


「何言ってるんだよ。毎日、女子高生を部屋に連れ込んでるくせに……」


「おいおいおいおい、あれは美由ちゃんが……」


「美由ちゃんが?」


 悪戯そうな笑みを浮かべる。


「冗談だよ。さあ、入って入って」


 美由は俺の手を引っ張って部屋に入れた。間取りは俺の部屋と全く同じなのに、なぜかドキドキする。それにしても女の子の部屋だよな。部屋はピンクを基調として、それでいて落ち着いた雰囲気に調整されていた。


「じゃあ、飲み物入れてくるね。幸人はコーヒーでいい?」


「あっ、ああ。気を使わなくていいよ」


「いいのいいの。わたしも飲もうと思って用意していたところだったからね」


 美由の机を見ると勉強していたのだろう。数学の教科書とノートが載っていた。コツコツと勉強しているから、あの成績が維持できるんだよな。


「ベッドにでも座っておいてよ」


「えっ!?」


 クマのぬいぐるみと猫のぬいぐるみが置かれている横にスペースはあるが、女の子のベッドに座るなんてできるわけない。俺はフローリングの床に座った。


「ごめんね。椅子二つ用意してたら良かったよね。座布団も用意してないの……、ベッドの上はダメ?」


 ダメじゃない。ダメじゃないけども、俺は思わず美由をじっと見てしまう。整った二重の大きな瞳に肩までのサラサラの髪の毛。胸の方に目を向けると制服の上からでも分かる大きな胸。俺は思わず生唾を飲み込む。


「大丈夫だって、取って食ったりしないからね」


「いや、美由ちゃん、それ逆だよ」


「そそそそ、そうだよね。そっ、そうだ」


 美由はベッドに腰を下ろしてテーブルを近づけると隣のベッドのを叩いた。


「どうぞ、座ってよ」


「……いいのかな?」


「一応、漫画の中では私たち恋人同士なんだよ。こんなことで、ドキドキしてたらダメでしょ」


「そっ、そうだな」


 これはあくまで、大和の漫画を成功させるためなんだ。俺はそんな言い訳のような台詞を心の中で呟きながら美由の横に座った。ふわっと美由のいい香りがする。いつも一緒にいるのに、今日は美由の部屋にいるからか、意識してしまう。


「はい、これ。どうぞ!」


 美由は机からコーヒーを手に取って俺に渡してくれる。


「ありがとう」


 俺はそのコーヒーを一口飲んだ。


「美味しいな」


「うん、少し高めのコーヒーを買ってるんだよ。幸人の部屋にあるインスタントもいいけどね」


 そう言ってニッコリと笑う。いいよな、美由とこうしてあたり前の会話をして、あまり前のように一緒にいて、一緒に笑い合って……。そんな時間はいつまであるんだろうか。


 高校生活もそろそろ七ヶ月に入る。年末を超えるとすぐ二年生だ。俺たちはいつまで一緒にいられるんだろうか。それ以前に美由に大切な人ができたら、さすがにこの関係を続けるのは不可能だ。


「……どうしたの?」


 俺が物思いに耽っていると、美由は不思議そうに俺に顔を近づけた。


「いや、なんでもない」


「変な幸人。珍しく真剣な顔してるから、どうしたのかと思った」


 そうだ。部屋に入って本来の用事を忘れるところだった。


「十月十五日、開いてないか?」


「……えっ!?」


 美由は俺の言葉を聞いて、大きな瞳を何度か瞬きして、俺をじっと見る。


「わたし、……言ってないのに……」


「あっ、ああ、ごめん。美由ちゃんの誕生日を教えてくれたのは大和なんだ。美由ちゃんの誕生日も兼ねてこの前、行ったハリウッドスタジオに撮影のために行きたいんだと」


「あっ、ああ……そうなんだ。大和くん気づいていたのね。なんだ、驚いちゃった。わたし言ってないし……、まさか幸人がわたしの誕生日を知ってるなんて思わなかったからね」


「うん、で……その日は大丈夫かな?」


「残念ながら誕生会なんて予定もないから、大丈夫だよ」


 人気者の美由だから、誕生会に誘いたい男子なんて山ほどいるだろう。今は大和がいるから声をかけられないのだろうか。


「じゃあ、10時に地球儀の前で……いいかな」


「うん、大丈夫だよ」


 美由は俺の言葉にニッコリと微笑んだ。良かった。断られたらどうしようかと、ドキドキした。


 それにしても大和が伝えればいいのに、なぜ俺に振るかな。


「じゃあ、十五日、ハリウッドスタジオの前だね」


「うん」


 美由はそう言って、俺の手の上に自分の手を置いた。


「ちょ、ちょっと」


「どうしたの!?」


「たまには、恋人みたいなことしたくなった」


「いや、それはまずいだろ」


「そうかな。漫画の中じゃわたしたち付き合うんだよね?」


 そうなのかな。大和は結末まで言ってなかったけども……。


「それなら、練習しとかないとね」


 そうか、美由は美由なりに漫画の成功を応援してるんだよな。それなら、俺も頑張らないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る