第43話 ハリウッドスタジオその2
「えと、ここがダイナソーパークだよ!」
美由はダイナソーパークの前で指差しながらニッコリと笑った。映画で聞いた壮大なテーマ曲とともに恐竜の鳴き声が聞こえる。
「なんか、凄いな!」
「本当に映画館に入り込んだみたいだね」
目の前に広がる大きなアトラクション施設。壮大で遊園地のアトラクションとは別次元の凄さだ。
「なんか、ポンチョ売ってるよ。買ってく?」
なぜ、ポンチョなんだ?
「よく分からないけどね」
俺は美由の白いワンピースをじっと見る。もし水に濡れたら透けてしまいそうだ。俺はポンチョをひとつレジに持って行った。
「濡れるとまずいから、買っとくよ!」
「幸人はいいの?」
「俺は濡れても構わないからな。はい!」
「そうだ、お金だよね」
「いらないよ。数百円だし」
「ありがとう。次はわたしが幸人の分も出すからね」
「うん、ありがとうね」
美由は目の前で服の上からポンチョを被った。
「似合ってるよ」
「いや、ポンチョ似合ってると言われても嬉しくないんですけども……」
「あの娘みたいで可愛いよ」
俺は親子連れの小さな女の子を指差した。初めて来たんだろう。ピョンピョン跳ねて可愛い。美由に髪型も似てるしな。
「えーっ、わたしあの娘みたいかな?」
冗談で言っただけで、美由は胸もあるし、可愛いだけでなく色っぽさもある。
「まあ、そんなところだ」
「えーっ、そんなに子供ぽいかな」
美由は女の子を真似てピョンピョン飛んだ。いや、そんなことしたら、かえって目立つって。美由がピョンピョンすると少し短めのスカートの裾がヒラヒラと揺れる。俺は美由の肩を両手で押さえた。
「……見えるから、やめといて……」
「えっ、……あっ……」
見えるからに気がついたのか美由の頬が赤くなる。男子高校生のいやらしい視線を感じて慌てて押さえたのだが、理解してくれてよかった。
「ありがとう……ごめん気づかなくて……」
「気にするな」
美由にパンチラなんかさせるかよ。高校生連れ数人のお前何様のつもりという視線が俺に突き刺さる。まあ、わかってたけど、彼氏認定されるわけないよな。
「ほら、こっちだよ並ぶの」
「あっ、優先パスあるもんな」
俺たちはパスを使ったため、殆ど並ぶ必要がなかった。
「向こうは凄い並んでるな。それにしてもこんなショートカットがあるんだな」
「お姉さんに感謝しないとね。ほら、もうすぐ一番前が見えるよ」
優先入場パスは、時間指定と人数制限があるため、数人しか並んでなかった。これなら五分と並ぶことはないな。
「通常入口は八十分待ちと書かれてたよ」
「うわぁ、パスあって良かったよ」
「本当だよね。ちょっと、偉い人になったようだよ」
「だよなあ」
偉い人か、川上先輩の顔が一瞬頭によぎったが慌ててかき消す。あの人はもう偉い人ではない。
「あっ、もう乗れるみたいだよ」
「本当だな」
ダイナソーパークは、小さなボートに乗ってパーク内を観覧するという映画さながらのアトラクションだ。
「次に見えますのが、ステゴサウルスです」
「うわあ、おっきいねえ。なんか食べてるよ」
「本当だな!」
今の3DCGばりのアトラクションとは違い、パッと見、ロボット感は否めないが、それでもよくできている。
「なんか本当にダイナソーパークにいるようだよな」
「うん! あっ、あの恐竜可愛いよ」
小さな恐竜がピョンピョン飛んで確かに可愛い。
「それにしても、これならポンチョいらないよね」
「まあ、水の中を移動するライドだから念の為だろうな」
俺のその声に近くにいる女子高生二人がクスクスと笑った。
「俺、おかしいこと言ったかな?」
「そんなことないと思うよ。のんびりとしたライドで、わたしは好きだけど幸人には、もう少し派手なの期待してたんじゃないかな?」
「別にこういうまったりとしたライドも俺は好きだよ」
美由とならどんなライドに乗っても楽しい。ハリウッドスタジオに来て三十分も経ってないのに、何人かの男子に睨みつけられた。なんでこんな男が、と言う声も何度も聞いたしな。
俺と美由はただの友達で恋愛に発展することなんてあり得ないが、それでも一応睨みつけてくる男子は俺を彼氏認定してくれてるのだろう。
それが美由に悪くもあり、それでいて俺は優越感も感じた。
本当に性格悪いよな。俺がそう思ってると突然、警告音が鳴り響いた。
「何、どうしたの!?」
美由が不安そうに俺を見る。いつのまにか俺の手をぎゅっと握っていた。
「分からないけど、演出だと思うぞ!」
「そうみたいだけど、なんか怖い!」
「緊急事態発生、緊急事態発生。肉食恐竜のエリアに入り込んだようです!」
目の前を小さな肉食恐竜が走っていく。ティラノサウルスの子供のような……。
映画ではこいつに何人もの人が喰われてたよな。ライドの速度も先ほどのようなゆっくりではなく、肉食恐竜から逃げるように何度も左右に曲がる。
「こっ、怖いよ……」
美由は俺に思い切り抱きついた。いや、ちょっとそれは、やばいですよ。
さっきから俺を何度もガン見してくる高校生が俺に殺意の視線を投げかけてくる。
だから違うんだって。俺と美由とはただ、仲の良い友達なだけで、本当はここに姉さんも同行する予定だったんだからな。
俺が心の中で何度も言い訳を念仏のように唱える。
「ごめんね」
「いや、いい……」
こんな役得な話はない。本当なら、ぎゅっと抱きしめたいが、その欲求をなんとか我慢した。それにしても可愛すぎて、やばい。
俺はダイナソーパークの警告音よりも、ぎゅっと抱きついた美由が気になって仕方がない。
いい匂いだよな。無茶苦茶可愛いよな。本当ならこれを利用したら抱きしめることもできるんだぜ。
おいおい俺は鬼畜かよ。そんなことできるわけねえだろ。
「大丈夫か?」
「うん、もうすぐ終わるかな」
美由は怖いのか俺の胸に顔を埋め、目をぎゅっと瞑って震えていた。
可愛い。なんて可愛いんだよ。俺の心臓が破裂しそうなくらいドキドキと鳴ってる。
俺の普通じゃない速度の心臓が美由に聞こえたのか、嬉しそうに俺をチラッと見た。
「えへへへっ、少し落ち着くよ」
「大丈夫か」
「うん、幸人も怖いのが分かって、少し楽になったよ」
あー、心臓の音をそう捉えてくれたんだ。本当は美由に抱きしめられて、ドキドキしてるんだかな。
「あっ!!」
「どうしたの?」
目の前に大きなティラノサウルスが俺たちを食べようと大きな口を開けて待っていた。
「テ、ティラノサウルス……」
その瞬間、アナウンスが流れる。
「ワープします!!!」
目の前が暗転し、一気にライドがあり得ない速度で急降下しだす。
「うわっああああっ」
「きゃああああああああああっ……」
て言うかヤバすぎるだろ。なんなんだよ、この急降下は、この速度で落ちたら死ぬぞ!!
急流滑りと比較もできないくらいの急降下だ。しかも長く、どこを落ちてるのかすら見えない!!
そして凄い速度で落ちた後、水の中にダイブした。
「バッシャーン!!」
大きな音とともに水が思い切りライドにかかる。
「ワープ成功です。みなさま、ダイナソーパークの旅はいかがだったでしょうか!」
「ずぶ濡れだよ!!」
「怖かった!!」
俺の胸の中で美由の嬉しそうな笑い声が聞こえた。まあ、美由がずぶ濡れにならなくてよかった。
「あっ! ご、ごめんね」
慌てて今の状況に気づいた美由は俺から飛び退いた。
「いや、俺の方こそごめん」
「そ、それはいいの。抱きついたのわたしだし……」
美由の胸大きかったなあ、などと一瞬不謹慎な言葉が頭に飛び込み、俺は慌てて頭を左右に振った。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「それにしても怖かったよね」
「本気かと言うくらい濡れるのな」
それを聞いた美由がクスクスと笑い出した。
「あっ、ごめんね」
「いや、夏だからすぐ乾くし……いいよ」
それにしても、可愛かったよな。本当に役得だよ。ライドから降りる時、男子高校生の舌打ちを何度も聞いた。
恋人じゃないんだけど、そして恋人になることもないんだけど、その舌打ちに少し優越感を感じた。
「楽しかったね!」
「あっ、ああ……」
俺は美由のとびっきりの笑顔を見て、来て良かったと心から思った。
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