第42話 ハリウッドスタジオ その1

「じゃあ、このプランでいいよね」


「ありがとう」


 姉さんはチケット購入の後にファーストバスも購入してくれた。これを使えば並ばなくても人気のアトラクションに乗れる。


「結構、値段するんだな」


「まあねえ、夏休みなんか五十分以上並ぶからね。あった方が便利だよ。特に初めて同士みたいだしさ」


「ありがとうございます。わたしの分まで買っていただいて……」


「いいよいいよ、美由ちゃんは妹みたいなもんだもん。それに将来の……」


「ちょちょちょっと、沙也加さん!!」


「将来のなんだ?」


「いえ、こっちの話です。幸人くんには関係ないですので……」


「えーーっ、関係ないんだ」


「ありません!!」


 そこまではっきり言われると聞くに聞けない。まあ、将来の結婚相手の話だろう。俺なんかに関係あるわけがない。


「さあて、予定も決まったし、1週間後楽しみだね」


「はい、楽しみです。そうだ!! どうせなら現地集合にしませんか?」


「えっ、一緒に電車に乗って行くんじゃないのか?」


「それだと誰かに見られたら困るでしょう?」


 確かにそうだ。美由が俺と噂になったら、困るだろう。きっと俺と付き合ってると勘違いされると天使様人気もきっと陰りが出る。


「ごめんね……噂を立てられて幸人くん困るだろうからね」


「……ああ」


 俺が困るなんて嘘だ。困るとしたら……。目の前にいる天使様をじっと見つめる。うん、間違いない。そりゃ、美由の方だ。


「じゃあ、料理の用意しますね」


「あっ、わたしも手伝うわ」


「ありがとうございます!」


「じゃあ、俺も……」


「あんたはいいの! そこに座っておきなさい!!」


「えーっ、なんでだよ。二人の時は皿くらい運んでるんだぜ」


「今日はわたしがいるから大丈夫だからね」


「分かったよ」


 それから、ハリウッドスタジオの日までの1週間は何事もなく過ぎ去った。川上先輩も、あれから二度と近寄ることも無くなった。まあ、親にこってりと絞られたみたいだから、当たり前かもな。





――――――――




「まだ、髪の毛いじってるの?」


「遠目からでも、変に見られないようにしないとな」


「珍しい、幸人らしくないね」


「うっせえなあ」


「まあ、でも、幸人も大人になっていってるってことだよね」


「まあな……」


「じゃあ、わたしは先行くね」


「俺と一緒に行かないのか!?」


「その方が気分出るでしょ」


「いや、別に……」


「なんなの、その別にの後の間はさ」


「姉さんと待ち合わせをして気分が出ると聞かれてもなあ」


「なら、美由ちゃんなら、ドキドキする?」


「なんで、そこで美由が出てくるんだよ」


「あー、呼び捨てだ……!!」


「うるさいなあ。呼び捨てで呼んでくれって言われたから、いない時に練習してるんだよ」


「そっか、あの娘、そんなこと言ったんだ」


「うん。ちょっとびっくりしたけどな」


「一歩踏み出したのかな?」


「なんだよ、それ?」


「さあね……」


「踏み出すって、なんだよ」


「知らない……」


「いつも意味わからないこと言ってなんなんだよ!!」


「分からなくても、今はいいんだよ。そのうち分かる時が来るからね」


「本当か?」


「たぶんね」


「なんだよ、それ」


「じゃあ、わたしは行くわ!」


「ああ、じゃあ。地球儀の前でな」


「分かった。分かった!」





――――――――





 俺は約束の時間十分前にハリウッドスタジオの地球儀の前に着いた。


「それにしても、混んでるな!」


「幸人、早かったね」


「美由ちゃんのほうが早いよ。で、姉さんは?」


「まだ、みたい……だね」


「えーっ、先に出たのに。どうしたんだ?」


 その時、スマホにラインが入った。


(ごめん。用事ができたから、ふたりで楽しんでよ。ちょっと、行けそうにないわ)


 ちょっと、待てよ。用事ってなんだよ。


(それなら別の日にしようぜ)


(無理だよ。チケットは先に購入したからね)


(なんだよ、それ!)


「あのさ、美由……ちゃん」


「どうかしましたか?」


「姉さん、用事あるって」


「えっ!?」


 目の前の美由は顔を赤らめて、目を逸らした。きっと怒ってるんだろう。そりゃそうだ。これじゃ、俺が姉さんに頼んで二人きりにしてもらったようじゃないか。


「ごめんな。計画的じゃないからな」


「そんなこと、分かってるよ」


 美由は一瞬目を逸らしたがこちらに向き直った。顔は赤いままだが、怒りは治ったように見える。


「沙也加さんのことは幸人と同じくらい、よく知ってるからね。大丈夫だよ」


「キャンセルしたほうがいいかもな。調べないと分からないけど、全額じゃなくても返ってくると思うよ」


「どうして、そんなこと言うんだよ!?」


「だってさ。男性恐怖症の美由ちゃんが、俺なんかとふたりでテーマパークに遊ぶなんて無理だろうしさ。それに……同じ学校のやつもいるかもしれないし。映画館の時のように噂になっても困るだろ」


「無理じゃないです。それでも、困りますか?」


「えっ、いや俺じゃなくて美由ちゃんが……」


「大丈夫ですよ。それに噂なんて長くは続きません」


「えと、それは……」


「せっかくお姉さんが買ってくれたんですから、今日は楽しみましょう。はい……」


 美由は目の前に手を出してきた。


「えと、これは……」


「大丈夫ですよ! 幸人なら握っても男性恐怖症にはならないです!!」


「いや、でも……それは」


 美由は俺の言葉を待たずに、俺の手をぎゅっと握った。


「えへへへ、カップルに見えますかね?」


 何を言ってるんだよ。見えるわけないじゃないか。天使様と俺だぜ。そんなこと、あり得るわけがない。美由もからかうのは、やめた方がいい。


「じゃあ、行こうよ!」


「あっ、ああ」


 でも口について出たのは、指摘する言葉じゃなくて、相槌だけだった。


 どうなってるんだよ。美由は、俺を揶揄ってるのは分かってるけども、俺の気持ちにもなってくれよ。


 俺の心の声は美由に聞こえるわけもなく、俺はそのまま美由に引っ張られるように一つ目のアトラクションに向かって歩き出した。

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