第40話 テーマパークの約束

「ちょっと、美由ちゃん、どもってて、どうするのよ!」


「でもぉ……」


「でもじゃない!」


「うん、わかったよ。えと……その……、頭撫でてくれると嬉しいです!」


「えっ……いいのか?」


「はい……」


 俺は美由をじっと見た。なんなんだ、これ。


「じゃあ、ちょっとだけ……」


 女の子の頭を撫でるなんて、生まれて初めてだ。俺は恐る恐る美由の頭に手をのせた。ふわっと漂う良い匂いがする。


「これでいい?」


「もう少し……そう……優しく動かしてくれると嬉しいかもです」


「そうか、じゃあ……これで」


「はい」


「えらい、えらい……」


「なんか、子供みたいです」


「嫌か?」


「いえ、嬉しいです」


「そうか」


 なんか、これやばくねえか。小さい子供にしてるのなら別だけど、美由はとびっきりの美少女だ。その娘の頭が自分の目の前にあってゆっくりと撫でると嬉しそうに猫のように喜んでいる。


「なんか嬉しそうだねえ」


「沙也加さん!!」


「ごめん、ごめん。あっそうだ。ちょっと用事思い出したから、ちょっと姉さん出掛けてくるね。夕方までは戻らないと思うからね」


「えっ、ちょっと沙也加さんっ!!」


「健闘を祈る!」


「だから、なんの健闘なんだよ!」


 姉さんは美由に向かって敬礼のポーズを取って部屋を出て行ってしまった。


「行ってしまったね」


「うん……行ってしまいました」


「あっ……」


 俺はまだ美由の頭の上に手があるのに気がついて、思わず飛び退く。


「ごっ、ごめんなっ!!」


「いえ、全然……むしろありがとうございました」


「いっ、いや……」


 俺は顔が熱くなるのを感じた。美由をみると同じく顔を赤らめている。


「そっ、そうだ。ご飯作りますので、ちょっと待っててください」


 慌てて部屋を出て行ってしまう。去り際に美由のいい香りがした。俺は思わず手を鼻にあてる。同じ匂いだな。


「俺は何やってるんだよ変態かよ!!」


 それから十分くらいして美由が俺の部屋に戻って来た。


「今日はオムライスにしましょうか」


「うん、ありがとう。でもさ、俺に構ってて……いいのか?」


「えっ……」


「いや、せっかくの夏休みなら、友達と一緒に遊びに行ったりするだろ?」


「うーん、そうですねえ。瑠璃とはたまに会ってますよ」


「そうなのか!?」


「たまに、ですけどね」


「まっ、それならいいんだけどな」


「友達なら、遊びに行ったりしますか?」


「えっ!?」


「夏休みもあとわずかですし……テーマパークに行くのもいいかもしれませんね」


 そうだよな。女の子同士テーマパークに行くのもいいかもしれない。


「女友達とテーマパーク行くのもいいよな?」


「はい?」


「女友達とテーマパークに行くんだろ?」


「わたし、一言も女友達とテーマパークに行くと言ってませんけど……」


「でも、テーマパークに行くのもいいかもって……」


「それがなぜ女友達になるんですか?」


「えっ!?」


 美由は川上先輩以外にも仲の良い男友達がいるのだろうか。確かに美由くらいなら、告白する男なんていくらでもいるだろう。


 川上先輩と付き合っていないのであれば、告白ラッシュになってもおかしくはない。


 そうであれば俺は友達として美由の幸せを第一に考えてあげるべきだろうな。


「そうか。川上先輩以外にも男友達がいたのか」


「……はい」


 俺は少し胸が苦しくなった。馬鹿馬鹿しい。俺が美由と付き合えるわけでもないのに……。


「男というのは川上先輩のことで分かったと思うけど、言葉の上では美由さんの気持ちを優先するとか言ってても実際は下心だらけな奴が多いからな」


「そうなのですか?」


「ああ、俺は男だから分かるけどさ。高校生くらいの男って女の子に興味深々なところあってさ。場合によっては無理やりに……その行為をさ……」


 美由はてきぱきと油の載ったフライパンに溶いた卵を入れてコンロに火をつけた。


「無理やりに……行為に……ですか?」


「うん、男と違って女の子ってそう言うところに疎いと思うから、もしそう言うことして来たら、絶対拒否しないとダメだよ。好きだからとか言っても実際はその……したいだけだから……傷ついてからじゃ遅いからさ。ただでさえ美由さんは男性恐怖症なんだからね」


「無理やりとか、なさそうですが……」


 いや、それは表面上の話だ。美由は川上先輩で学習したはずだろ。


「いや、だから……川上先輩で学習してないのかよ!!」


 思わず語気を荒げてしまう。本当に美由という妹は俺がしっかりと見てないと何されてしまうか分からない。


「学習してますよ。そもそも、わたし川上先輩に全く、これっぽっちも好意なかったですよね」


 無念だな。結局、川上先輩は美由を得たいがためにした行為によって、社長の座から解任された。もう、後継者にはなれないだろう。


「さっ、食べよっか」


 美由は二人分のオムライスの一つを俺の前に、もう一つを自分の前に置いた。


「あっ、ああ、いただきます」


 オムライスを口に入れるとふわっと半熟の卵が舌に載ったとたんとろけていく。すげえ、母さんのオムライスよりもはるかに美味い。


「これ、おいしいよ」


「良かった……」


「本当に美由さんなら、いいお嫁さんになれるよね」


「えと、それはちょっと先を急ぎすぎてる気がしますけど……」


 それもそうだ。川上先輩の件から、まだ数週間しか経っていない。なのに、俺はなんて無責任なことを言ってるんだよ。


「ごめんな、変なこと言ってさ」


「いいんですよ。気にしなくて……それで、いつにしますか?」


「いつにって?」


「テーマパーク! 行きますよね?」


「はいっ!? えっ、俺と!?」


「幸人くん以外に男友達なんていませんが……」


 とびっきりの笑顔で美由が笑った。


「えっ、ええええっ」


「それで、幸人くん、下心あるんですか?」


「……なっ、何を言ってるんですか!?」

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