第38話 ズーム会議

 目の前には大きなテレビが置かれ、画面には川上先輩の父親の姿が映し出されていた。川上財閥二代目―川上茂だ。トランプ会社だった先代の会社を一代で世界の川上堂と言われるまで上りつめた。


 ゲームビジネスでは、大手電化製品のメーカーをも凌駕する。有名作のモッピーはそのネズミの可愛さから女子に大人気だ。セルセタの伝説では王女セルセタ姫を助けるルークの物語で、モッピーとセルセタの二大看板で業界トップにまで上りつめた。


 サイドビジネスとして始めたホテル事業も中国からの渡航客や日本のビジネスマンに受け、ここ数年業績が一気に上がってきている。


「今日はこの会議に出席させていただきありがとうございます」


 沙也加が頭を下げると茂がじっと肘をついて見た。時折、隣の男が耳打ちしている言葉に何度も頷く。


「だいたいの話は分かりました。浩がホテルの201号室にお友達を監禁してしまった、とそう言うことですな」


「はい、浩さんはどう言うかは分かりませんが、その通りです!」


 美由はいつもより強い口調でそう言い放つ。


「……そうか」


 茂はそう言って大きく息を吐いた。周りの秘書たちに小声で話を聞いている。しばらく話した後、茂はモニター越しの美由をじっと見た。


「なるほど、……なあ」


 そして深々と頭を下げる。


「だいたいの話の経緯はわかりました。きっと浩の暴走でしょう。あれは昔からそうだった」


「川上先輩はお優しい方と聞いておりましたが……」


「そうですね。本当の浩は優しい子です。ただ、甘やかしすぎたのでしょうか。自分本位に育ってしまった」


 茂はもう一度深々と頭を下げた。


「浩にとってなんでも手に入ると言うのが当たり前になっていたのかもしれない。今回のこともそれが引き起こしたように思えます。本当に申し訳ない」


「場合によっては、こちらは警察沙汰にすることだってできます」


「沙也加さん、それは……」


「ただ、美由の本意ではないでしょう。彼女は優しい娘です。だから故に今回のことは、公にはしたくない」


「美由さん、ありがとうございます。確かにわたしの息子がした不祥事となれば、グループに、少なからぬ影響が出るでしょう。わたしは子供に継がせることだけを考えてきましたが、少し考え直したほうがいいかもしれない」


「それは、社長の座を継がせないと言うことですか……」


「もともと能力主義で伸びてきた会社です。このビジネスは浮き沈みも激しく、失敗すると一気に大きな債務を抱えることになる。競合他社に比べ、我が社は自社にハード製作部門がないため、競合他社と同等のハードを同じ時期に同じ価格で販売することはできない。勝てるのはソフト製作ビジネスだけだ。そんな難しい舵取りを果たして浩にできるのか、ずっと考えておりました」


「能力主義で社長を選ぶと言うのですか?」


「そうですね。そうなると思います。部屋に閉じ込められたお友達のことは、すぐに鍵屋に合鍵を作らせようと思います」


「もしよろしければですが、浩さんが起きる前にこのホテルから立ち去りたいと思ってます。隣の美由には男性恐怖症があり、今回のことにひどく動揺しております。もしよろしければですが……」


 沙也加は茂にガラスを割って入っていいか、と聞いた。


「分かりました。確かにこのようなことになったホテルにいたくないお気持ちも分かります。ガラスを割って入っていただいても問題ありません」


「ありがとうございます。後もう一点だけお願いしてもいいですか?」


「はい、今回のことは非常に申し訳ございませんでした。なんなりと言ってください」


「浩さんに二度と美由ちゃんに会わないことを誓わせていただけますか?」


「分かりました。本来なら彼は監禁の罪に問われても仕方がない。そうしないだけでも、本当にありがたいです。後で誓約書として、二通用意し、浩の母印を押させます。一通はこちらに保管いたしますが、一通は美由さんのマンションに秘書が届けさせます。本当に警察沙汰にしないこと、ありがとうございます」


 こうして、今回のことは一応の結末を迎えた。


 数日後、人事異動が小さなニュースになった。それはホテル事業の代表者の変更だったが、今まで息子に継がせることを第一に考えていた社長の突然の方針転換に少し大きなニュースになった。


 新聞には川上堂のビジネスモデルの方針転換。ホテル事業には、息子の浩氏を退任させ、大手三つ星ホテルを何社も手掛けた大前隆人氏を起用する。


 また、川上茂氏退任後、ゲーム部門はモッピーとセルセタ開発者の宮本悠仁氏が継ぐことが決まった。なお、浩氏は今後、川上堂のビジネスには一切参加しないとのこと。




――――――――


(変則的ですが、ここからは主人公視点に変更になります)


 あれから数日が流れた。美由と姉さんと一緒に俺はニュース番組を見ていた。川上堂の社長が会場に入って来てフラッシュがたかれる。恐らく人事異動のことを話すのだろう。社長はマイクを取って話し始めた。


「わたしは先代のトランプビジネスを受け継ぎ、世界の川上堂にしましたが、息子の浩にはその才覚が無いと判断致しました。世襲制は結果として企業そのものを脆弱にしてしまいます。今回、大幅な方針転換にはなりますが、息子の浩に継がせないことを決めました。賛否両論ございますとは思いますが、ゲームビジネスで競合他社に勝ち続けるためには、宮本くんのような生粋のプロが社長に適任だと思います。宮本くん、君が社長になることを嫌がってることは分かってるよ。本当にありがとう……」


「いえ、わたしはゲーム制作との掛け持ちを許していただけるのならば、今後とも尽くさせていただきたいと思います。よろしくお願いします」


 それにしても凄い方針転換だな。きっと俺は川上先輩に無茶苦茶恨まれてるだろう。夜道は気をつけないとな。


「姉さん。それにしても、なぜ逃げるようなことをしたんだよ」


「はあ? 後で荷物は責任持って送り届けると言ったから帰っただけだよ。あなたも川上先輩の顔を見たくないでしょ」


「びっくりしたよ。ガラス破るし、ここから降りると言うし、警察沙汰にされたらどうするのと思ったぜ」


「恋にはドキドキもないとね」


「恋ってなんだよ。俺は犯罪者にされないかとドキドキさせられたんだが!」


「美由ちゃんはどう? 恋にドキドキした!?」


「……ホッとしました」


「そっかー」


 何を言ってるんだよ。川上先輩との恋にドキドキなんかするわけないだろ。


「ドキドキはしてないの?」


「……頭を撫でられるとドキドキするかもしれません」


 なぜか美由は俺を見た。その瞳は吸い込まれそうなくらい綺麗でドキドキしてしまう。いや、違うだろ。頭を撫でられてドキドキするの、主語は川上先輩だろ。


「まだ、あんなことがあった後でもドキドキするのか?」


「……はあっ!?」


「いや、川上先輩のことだよな!!」


「本当にそう思いましたか?」


「だって、その話の登場人物、川上先輩しかいないよな。えっ、違うのか?」


「もう、鈍感と言っても世界級の鈍感だよね。やってられんわ!!」


「なんだよ、その微妙な関西弁!!」


「つっこむのそこ?」


「違うのかよ」


「美由ちゃんはどう思う?」


「……えと、そのままでいいのではないかと」


 美由はなぜか嬉しそうだ。


「だってさ」


「だってさ、ってなんだよ。教えてくれよ!!」


「やだね!!」


「なんでだよーーっ!!」

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