第33話 えっ、ステーキ弁当!?
「うっわー、すごいね!」
「でしよう。今日のために特別いいシェフを呼びました!」
川上先輩は自分の手柄のように誇らしげに話している。
「幸人くんは、サーロインステーキか。美味しそうだね」
「ここの店のシェフはステーキ専門店のシェフですが、もちろん他の料理も作れますよ」
「ふえええっ、でもこれ家で作るの難しいよね?」
それは無理な話だろう。詳しくはないが肉を柔らかくするのにワインを入れて火をつけてたのを思い出す。
「流石にこれほどの本格料理は自宅では難しいですね。それに肉だって最高級のものじゃなければならないですし……」
川上先輩は美由が料理に興味を持っているのですごく嬉しそうだ。
「幸人くんはステーキ好きなのかな?」
「うん、毎日食べてると太っちゃうけど、たまに食べるのは美味しいよね」
「そっか! じゃあ! ステーキ弁当とかどうだろう?」
「えっ!?」
俺と川上先輩が声を揃えて言う。て言うか弁当を作る参考にしてるのか。
「こちらがサーロインステーキでございます」
気がつけば、美由と姉さんの前にもステーキが置かれた。
「ねえ、コックさん。後で厨房見せてもらってもいいかな?」
「構いませんが、いいのですか?」
「うん、これほどの料理は難しいかもだけど、レパートリーは増やしたいな」
「えと、美由ちゃん。ステーキ弁当って?」
川上先輩が声を荒げた。
「うん、ステーキ料理好きそうだから、レパートリーに取り入れてみたいな、って……」
間違いない。美由は俺のためにステーキ弁当を作ろうとしている。
「そうだ! わたし、こんなに食べれないから先に取ってくれる?」
「えっ、くれるの?」
「いつも、私食べれなかったらとってもらってるよね」
えと、それってやばくない? 俺が自炊できないから、料理を作ってもらってるだけだが、川上先輩の前で話したら別の意味で捉えられそうだ。
「柏葉くん、どう言うことだね」
掴み掛かりかねない勢いだが、ギリギリの線で思いとどまってるようだ。
「お弁当の量の調整、……かな?」
「幸人くん、違うよ! いつも作ってる夜ご飯の話だよ!」
いや、知ってます。知ってるけどね。俺は川上先輩の顔を見るのが怖い。
「うっそ。美由ちゃんだいたん!!」
姉さんが火に油を注いだ。これは故意だよね。俺は姉さんの方を向くと意味ありげにウインクした。て言うかなんのウインクだよ。
「えっ、……そっ……そんなことないよ。だって、その……そのわたし、料理と掃除くらいしか助けになってあげられないから……」
美由は盛大に自爆した。なんか客観的に聞いたら愛の告白にすら聞こえてしまうのは気のせいだろうか。もちろん、あり得ない話だが……。
「ちょっと、後で二人きりで話をしないか?」
川上先輩が俺にだけ聞こえる小さな声でボソリと呟いた。聞かないフリをできないかなあ。無理なこととは分かっていても、つい考えてしまう。
「……なあ!」
肩に手が乗せられる。なんか力込めてくるので、痛いんですけどもね。
「えっと、わたし……なんか変なこと言ったかな?」
空気が微妙なことに気づいた美由は俺に視線を合わせて聞いてきた。それに川上先輩が慌ててフォロー入れる。
「そんなことないよな。柏葉くん。そう俺たちも友達になったんだから、仲良くしたいな、とか思ってさ」
相撲部屋ではそれを可愛がりとか言うんだよ。もちろん、俺と友達になる気が全くないことは川上先輩の顔を見ると分かる。その目にはクマをも殺せそうなくらいの殺意があった。
「なら、いいんだけどね」
「美由ちゃんもお姉ちゃんと一度話そうか?」
「えっと、うん……」
美由は今言ったことが理解できてないのかひとりキョトンとしている。その隣で姉さんが再びウインクした。て言うかフォロー遅いのわざとだよね。
俺は川上先輩と何も話したくないんだけどな。事実、俺は料理を作ってもらってるが、それ以上は何もなかった。
いつも食事の後には少しお話をするのが日課になっていたが、特別ドキドキするような展開になったことは一度もない。
「まあ、いいや。じゃあ私の載せてあげるね」
えと、なんのことだろう。一瞬、さっき美由の言ったことを忘れていて今気づく。
美由は自分のサーロインステーキの載った皿を俺の隣に近づけて、半分くらいを俺のところに載せた。
「おかわり、だよ!!」
そうか、おかわりか。嬉しいな、川上先輩がいなければな。俺は顔から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
「美由ちゃん、俺も食べていいかな?」
川上先輩は俺に嫉妬したのか、美由がさっき載せたサーロインステーキを取ろうとした。
「駄目だよ!! それは幸人くんのだよ!!」
えっ、なんで……。美由はこんなに食べれないから俺にくれたんだよな。
言葉を詰まらせたのは俺だけじゃなくて川上先輩もだ。
「だって……、幸人くん、放っておくと何も食べない日もあるし、栄養が足りてないんだよ。いいもの食べさせてあげないとね。川上先輩はそんなことないよね。こんなにいいコックさんもいるしさ」
えと、大きなお節介ですよ……。俺は川上先輩の殺意の視線を感じながら、何も言わずに美由がくれたサーロインステーキを食べた。
食べなければ美由が怒るし、色々と言い訳をするのも面倒だった。こんな時は何も言わずに食べてしまえばいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます