第32話 海水浴

「ふざけるなよ!」


 捨て台詞を俺に投げかけ、川上先輩は更衣室を出て行った。俺の方がふざけるなよ、だ。俺も水着に着替えて後を追う。


「うっわー、これは凄い」


 そこは見渡す限りの広い海と綺麗な砂浜。海は遥か遠くの水平線の向こうまで続いていた。


「だよねえ、この海、貸切だよ!!」


 親に連れて行ってもらった海水浴の記憶とあまりにも違う。このプライベートビーチには、俺たち四人以外に誰もおらず、更衣室は宿泊施設に直結している。


「雨が降っても濡れることはないね」


「凄いだろう。ここ、昔はホテルだったんだけどもね。父親がホテルごと購入して改装したんだよ」


「凄い! 無茶苦茶お金かかったでしょう」


 姉さんの目の色が変わる。女は金の匂いに弱い。


「大したことないよ。ほんの十数億くらいじゃないかな……安い買い物だったよ」


「ふわぁ、十数億……」


 美由がびっくりして目が点になってた。


「美由ちゃんに喜んでもらえるなら、十数億なんて安いものだよ」


「そ、そんな……ことないですよっ」


 言われる美由も満更でもなさそうだ。


「じゃあ、泳ごうよ……」


 さりげなく美由の手を取ろうとする川上先輩。俺はその間に入った。


「何をするんだね!!」


 本気で俺が嫌なんだろうな。美由がいなければ首でも締めそうな勢いで俺を睨みつけてくる。


「だから……美由さんは男性恐怖症なんだよ」


「君に言われなくても分かってるさ!」


 美由は俺の横にスッと入って小さな声でありがとうと言った。


「沙也加さん、どうですか。このビーチ……」


「もし結婚したら……玉の輿!?」


「まあ、そうなりますけど……」


「いいねえ!!」


 姉さんの川上先輩への評価が鰻登りに上がってることがわかる。これはまずいな。


「でしょう!! 美由ちゃんにも分かってくれるといいのですけどね」


「美由ちゃんはどう!?」


 美由への直接攻撃よりも効果があると思ったのか、姉の信頼を勝ち取ってから、近づこうとしている。


「えーっ、どうなんでしょうねえ」


 美由は俺の方を向いて上目遣いでじっと見てきた。


「俺じゃなくて、美由ちゃんがどう思うかだよね」


 確かに親が金持ちなのは認める。悔しいけれども、将来性と言う意味では間違いがない。美由には優しいだろうし……。


「幸人、あのさ! そう言うところだよ! そう言うとこ!!」


 姉さんは俺の反応に不満そうだった。


「まあ、楽しもうよ!」


 川上先輩はその話を一旦切って、海に入った。


「ほら、楽しいよ!」


 本当に爽やかすぎて正直悔しい。


 その日は泳いだり、二人ずつに分かれてビーチバレーをしたりして楽しんだ。


「なんか、お腹が空いてきたよね」


 俺たちは時間が経つのも忘れて楽しんでいたようだ。あたりはいつの間にか夕方になっていた。


「食事の用意なら出来てると思うから行こうよ」


「じゃあ、わたしたち着替えてくるから、後で……ロビーで会おうね」


「そうだね。ホテルに入ったら案内させとくから先に着替えたら、レストランに行っておいてくれていいからさ」


 悔しいが川上家の財力には敵わない。俺と川上先輩は着替えようと更衣室に入った。


「……さっきは、すまなかったね」


 絶対そうは思ってないと言うハリボテの笑顔で川上先輩はニッコリと笑った。


「いえ、ここは川上先輩のホテルですから、利用するなと言われれば俺は帰るしかないですし……」


「いやいや、いいよいてくれて……」


 要するに美由が川上家の凄さを理解したのなら、俺がいても気にはならないそうだ。


「ありがとうございます」


 美由が川上先輩に惚れていくところなんて見たくもないが、帰ると言って場の空気を乱すのもなんなので、礼を言っておいた。


「いやいや、君も俺の大切なお客さんだからね。楽しんでくれていきたまえ」


 さっきと言ってることが全く違うだろ。俺が美由の兄ならば絶対にこいつとの仲は認めない。


 俺たちは着替えてロビーに入る。本当に金かかってるよな。五つ星ホテルクラスだぞ、ここ……。


「美由ちゃんとお姉様はまだのようだね」


「まあ、俺たちと違って女性陣は色々あると思いますから……」


 川上先輩はフロントの男性に話をした後、こちらにやってきた。


「フロントに美由ちゃん達が来たら案内するように言っておいたので、先に行っておこうか」


「……はい」


 それにしても豪華すぎるだろ。こんなホテル維持するだけで、どれだけ金かかってるんだか。


「このホテルっていつもこんな風なんですか?」


「流石に利用しない時は閉鎖してるよ。フロントにいる男性達も普段は川上リゾートで働いてる社員なんだよ」


 金持ちは半端ないな。


 俺たちは一階のラウンジに座った。ロビー全体が見渡せるオープンスペースに席が並んでいる。


「朝食はここでバイキングスタイルで食べることになるよ」


 本当に半端ないよなあ。


「こちらがメニューでございます」


「ほら、君も選びたまえ」


 うっわー、サーロインステーキか。


「なんでも頼んでいいからね」


 外堀を埋めていく戦法なのだろう。なら……。


「じゃあお言葉に甘えて、このサーロインステーキで……」


「じゃあ、わたしはいつもので」


「こちらとこちらでよろしいですか」


「うん、それでお願いするよ」


 ウエイトレスもいるのかよ。本当にプライベートビーチじゃねえよな、ここ……。

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