第31話 譲りたくない?

「美由ちゃん、俺帰るよ」


「幸人!! あなた何を言ってるんのよ!!」


 俺の言葉に姉さんが飛びかからんばかりだった。


「悠人くん用事ができたみたいなんだよ。俺が駅までは責任を持って俺が送り届けるし、美由ちゃんのことは俺に任せてくれていいからさ」


 爽やかな笑顔だ。その言葉から欲望がダダ漏れになってるがな。


「えと……その……えーとっ……」


 なんか美由がやけにしどろもどろになって慌てていた。男性恐怖症の美由からしたら、不安なのかもしれない。


「姉さん、そう言うことだから、美由さんのことは頼むよ」


「……幸人はそれでいいの?」


「どう言う意味だよ」


「美由ちゃんのこと心配じゃないの?」


「姉さんがいる限りは指一本触れさせないだろ?」


「それはそうだけどさ。それは無理やりだったらだよね」


 何言ってるんだよ。美由が川上先輩に心を許すならば、俺がいたっていなくったって、温かい目で見守るべきだろうが……。


 そう思いながらも、キリキリと胸が痛い。


「じゃあ、送って行くよ」


「……美由ちゃん、それでいいの?」


 姉さんが心配そうに美由を見た。寒くないのに美由は下を向いて震えていた。


「……ょ、く、なぃ……です」


「うん? 美由ちゃん……よく聞こえなかったが?」


「わたし! 幸人くんが帰るなら、わたしも帰ります!!」


「はあっ!? ちょ、ちょっと待ってよ」


 なぜか、美由はそのまま更衣室に戻ろうとした。


「ちょっと待ってくれよ! 幸人くんは用事ができたんだ……、そうだろ?」


 俺を追い出そうとするために、川上先輩は言い訳に必死だ。優しい先輩の評価は地に落ちた。


「用事なんかないですけど……」


 凄く腹が立ってきた。美由が俺が帰るならと言うのは美由なりの優しさだろうけどな。


「……わたし、やっぱり帰ります!」


「分かった、分かったから! 帰らないでよ。幸人くんもいてくれていいからさ」


 いいから? はあ!? 


 確かにこのホテルは川上先輩のものだが、その言い方が気に食わない。


「姉さん、どうすればいいかな?」


 ただ、せっかく美由が楽しみにしていたのに、俺が帰ってしまって場が白けてしまうのも嫌だ。美由も俺が本気で帰ると言えば、追いかけてまでは来ないだろうけどもな。


「幸人はどうしたい?」


 俺はどうしたいかか。


「なら、せっかく来たのだから俺も泊まろうかな」


「うん、うん。そうしないよ、いやあ一瞬どうなるかと思ったよ」


 爽やかな笑顔に美由への黒い欲望が隠しきれなくなってるのな。俺が本当の兄さんなら絶対に美由を嫁にやれんな。


 ただ、イケメンで頭も良くスポーツ万能なんだから、俺なんかよりはよっぽどマシなのは分かってる。


「そっか……幸人くんが泊まるなら、わたしも泊まるよ」


「えっ!?」


「美由ちゃん……大胆だねえ」


「いや、そう言うわけじゃなくて、えっと……その、あっそうだ。幸人くんがひとりぼっちにならないようにするのが、わたしのお姉ちゃんとしてやらないといけないことだからね」


「美由ちゃん何言ってるの? 姉はわたしよ、わたし」


「そうですよね。幸人くんのお姉さんは沙也加さんだけですよね。わたし……何言ってるんだろう」


「でも、確かに料理もできないし、部屋はほっとくと荒れ放題だし、出来の悪い弟を見てるようだよね」


「……そうなんですよ……」


 そうだよな。美由から見れば俺は出来の悪い弟だ。と言うことは……、俺が美由をお兄ちゃんとして見てるのと同じように美由はお姉ちゃんとして俺を見てるのか。なんか複雑だな、それ。


「まあ、そんなことより泳ごうよ。早く2人とも着替えてきてよね」


「あっ、そうだよね幸人くん、サッ行くよ」


 つぎはぎだらけのハリボテの笑顔で川上は俺にニッコリと笑いかけた。


「そうですよね」


 更衣室は30人くらいが同時に着替えられるくらい広いスペースで清掃も行き届いている。海の家とかかなり汚いもんな。俺はさっさと着替えようと服を脱いだ。


「あのさ」


「どうしましたか?」


「一応、あの場では、あーは言ったがここは川上家のものだからね。できれば美由ちゃんに何も言わないで適当に遊んだら帰ってくれないかな」


 どうも俺がいて欲しくないらしい。さっきは美由がお姉ちゃん気質を発揮して帰ろうとしたから留めたが反省はしてないようだな。


 流石にそれはないよな。美由に何も言わずに帰ったら、姉さんに何を言われるか分かったもんじゃない。


「それは無理だと思います」


「なぜかね!?」


「姉さんが許すわけないからですよ」


「じゃあ、お姉さんも君と一緒に帰ってくれていいよ」


 何言ってるんだよ。美由とふたりきりなんかになったら、美由の男性恐怖症のことなど忘れてこの男は無理やり行為に及ぶだろう。


「それは無理な話ですね」


「それは、なぜかね」


 それは今までの行動を見てたら良くわかるよ。少なくとも川上先輩に美由はやれない。


「……自分の胸に手を当てて考えれば答えはハッキリしてると思いますけどもね」


「……ふざけるなよ。人が下手に出てればいい気になりやがって……」


 当然ながら俺の評価は0点だ。


「俺が帰るなら美由さんも連れて行きます」


 俺らしくないと思う。釣り合いが取れないのは分かりきっている。それでも美由をこの男にだけは譲りたくなかった。

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