第28話 姉襲来

 梅雨の六月が過ぎ、七月になった。変わったのは俺が剣道をするようになったことくらいだった。


 期末テストも終わり、俺はまあまあな成績を収めることができたと納得していた。


 そんな夏休みも後わずかになった日曜日、インターフォンが鳴った。こんな朝早くから誰だよ。


「結城さん、どうしたの?」


 俺は部屋の扉を開けて誰もいないことを知る。と言うことは、俺はインターフォンのモニターを確認すると一階に知ってる人物がいた。


「姉さん!!」


 俺は慌てて音声に切り替える。


「どうして来たんだよ?」


「なに? 来て欲しくなさそうだけど……」


「いや、ちょっと驚いただけだよ」


 俺は入り口のロックを解除して姉が上がってくるのを待った。


「さて、部屋の確認しなくちゃね。やっぱり綺麗になってるわね」


 姉は凄く納得してうんうんと頷いた。


「やっぱり、ってなんだよ」


 もしかしたら母親から美由の話がいってるのか。あのおしゃべりな母親が話さないなんてことはないだろう。


「いやさ、美由ちゃんがいるのなら、片付けてくれてるかなあ、って……」


「おま……もしかして母さんに聞いたのか?」


「何のこと? 母さんは何も言わないよ」


 どう言うことだよ。母さんに聞いてないのに、なぜ美由のことを知ってるんだよ。


 そう思ってたら、美由が料理を作りにやって来た。


「おはぁ、美由ちゃん!」


「沙也加さん、なぜここに!?」


「いやあ、大学も休みに入ったし、可愛い弟と弟の彼女は元気してるかなって」


「えっ、彼女……」


 おいおい美由は男性恐怖症だぞ。しかも、もう振られてる。


「彼女じゃなくて友達なんだけどさ」


「えーっ、まだ手を出してないの!?」


「はあっ!?」


 姉さんは何を言ってるんだ。美由はそれでなくても男性に対して拒絶反応があるのにさ。


「ちょっと、沙耶香さん……、その……困ります」


 その証拠に美由は泣きそうだった。顔も真っ赤だし……。


「まあいいや、ふたりが奥手なのは知ってたことだしね」


「ちょっと! 沙耶香さん!!」


「いやいや、可愛い弟と妹見たら、ついついね」


 て言うか妹ってなんだよ。


「妹!?」


「あっ、正確には友達の妹ね」


「えーーーっ!? 何それ……」


「美由ちゃん、言ってなかったの」


「えと、その……、バラしちゃダメじゃないです……その、タイミングを見計らってわたしの方から言おうと思ってたのに……」


 何がどうなってるのか分からない。美由が友達の妹。


「ここの部屋に住んだら、幸人いるよって言ったのもわたしだしさ」


「ちょっと、それ以上言ったら、わたし……」


「どうするの?」


「泣きます!!」


 本当に泣き出しそうだ。もしかして、美由が初めて隣の席の俺に声をかけたのって、偶然じゃないのか。


 美由は弁当を作って来ます、と言って帰って行ってしまった。


「あーあ、手料理食べそびれたね」


 姉はそう言って、ニッと笑った。


「それにしても、美由ちゃんの手料理弁当か。楽しみだね」


「なあ、姉さんよ。これはどう言うことなんだよ」


「何が?」


「いや、美由が姉さんの友達の妹なんて聞いてないぞ」


「だって、聞かれてないもん」


 いや、存在自体今まで触れたこともなかったじゃないか。


「わたしが、お膳立てしたって聞いたら、幸人嫌がるでしょう」


「お膳立てしたのかよ?」


「だって、あなた人間不信になってるんだもの。ちょうど良かったんだよ。美由ちゃんは男性恐怖症。あなたは人間不信。お互い仲良くなっていけば、乗り越えられるんじゃないかな、と……」


 てことは……、全部計算されてたってことかよ。なんかお釈迦様の手のひらでぐるぐると回った孫悟空の話を思い出して、俺は嫌になった。


「それにしても、なぜ俺と美由が友達になると思ってたんだよ」


「そりゃあねえ……」


「なんだよ」


「あっ、でもこれ以上言うと本当にあの子泣いちゃうから、やめとく」


「なんだよ、それ」


「まあ、そんなことよりさ、手料理楽しみだね」


「姉さんの弁当まで作らせるつもりかよ」


「だって、わたしとも友達だしさ」


 なんだよ、それ……。


「さあさ、美由ちゃんが来るまで夏休みの計画でもしようよ」


「なんのことだよ」


「美由ちゃんと海水浴行くでしょ!」


「行かねえよ!!」


 何を言い出すんだよ。俺たちは友達と言っても海水浴に行けるほど仲が良いわけではない。


「えーーーっ、本気!?」


「て言うか、なぜ、そんな話になってるんだよ」


「あっ、美由ちゃん来たよ!」


 美由がインターフォンを押す前に姉さんは扉を開けた。


「どうぞどうぞ、散らかってますが」


「姉さんが言うのかよ。しかも散らかってなんかねえよ」


「美由ちゃんが片付けてくれてるからだよね」


 確かにそう言う時もある。でも、本とかは片付けてるしな。掃除機は美由がやってるけど……。


「だって、放っておくと、すぐに元の部屋になりそうで……」


「彼女も大変だね」


「沙也加さん!! まだ、彼女じゃないですよ!!」


 まだ!? なによ、それ……。


「幸人、良かったね。フラグ立ってるじゃん。まだ・・だって……」


「言葉のあやだよ。俺が結城さんと、……その釣り合いが取れるわけないでしよ」


「だってぇ、どうするよ。みーゆちゃん!!」


 姉の声を聞いて美由は真っ赤になったまま、顔を伏せてしまった。怒ったに決まってる。俺の彼女なんか言ったら嫌に決まってるだろ。

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