第27話 剣道一直線
なぜ、俺は剣道部ナンカニに入ってしまったんだ。
俺は素振りをしながら、自分に問いかけていた。発端は……。
「剣道ってかっこいいよね」
上手く乗せられたと思う。スポーツのできる川上先輩に嫉妬していたのもある。
「あれ!? 君も剣道部に入ったんだ」
「誰だっけ!?」
「俺は君の後ろの席の一ノ瀬悠一でしょうが!!」
だってよ、登場回数が凄く少ないんだもんな。
「そうだっけ?」
「そうですよ!!!」
うん、確かに悠一だったよな。
「剣道経験はあるのか?」
「ないですよ」
「ないのに入ったのか?」
「はい。前は文芸部でした」
「なぜ、文芸部から、剣道部なんだ?」
「漫画の影響でしょうか?」
「剣道で流行った漫画なんてあったっけ?」
「剣道一直線ですよ!」
そういや、姉さんが読んでたっけ。無理やり読まされた記憶が蘇る。高校生から始めた剣道、そんな主人公が強豪を薙ぎ倒していくストーリーだ。要するに熱血物だな。
「それ、俺も読まされた!」
「本当ですか? やはり俺と柏葉くんは見えない赤い糸で繋がってますね」
「俺はその気はないぞ」
「なんのことですか?」
おいおい、赤い糸って言ったら大体は運命の糸だろ。なぜ、俺とこいつがホモ友達になるんだよ。
「まあ、一緒に汗流しましょうね」
いや、そのヤバい展開は嫌なんだが……。そういや、今まで女子とばかり絡んでて男と絡むのは久しぶりな気がするな。
「お前たち、新入部員も含めて、今日は稽古をつけてやる。特にそこの新人! お前だ!」
突然に大きな声が聞こえた。
「誰!?」
「何言ってるんですか。林場海斗先輩ですよ。この前の地方大会で準優勝した」
そうなのか。なんか偉そうだな。
「気をつけた方がいいですよ。稽古と言いながら、病院送りにしたことがあると噂です……」
「まじか……」
「あくまで噂話ですが去年の新入生の一人が病院送りになったそうです」
俺は素振りなど一連の稽古をした。懐かしいな。姉さんに稽古をつけてもらっていた時のことを思い出す。
一連の稽古が終わった時に林場先輩がやめと指示を出してみんな着替えだした。俺も着替えようかと思って面を取ると林場先輩から声をかけられる。
「おいおい、さっき言っただろう。稽古をつけてやるって……」
「今からですか?」
「そうだ!!」
間違いない。稽古と称して憂さ晴らしをするのだろう。俺の嫌な予感は当たる。
あくまで稽古をつけるだけだからと、出てきた生徒は林場先輩ではなかった。ただ、殺意を感じる。なぜ、俺は睨まれてるんだろう。
剣道場の入口を見てその理由がわかった。制服姿の美由がそこにいた。
「おいおい、学園一美少女の美由ちゃんがいるよ」
「まじかよ。なぜ、こんなところに来てるんだ?」
「きっと、俺に会いに来たんだよ」
「馬鹿を言うな。お前なんて不細工誰に相手すんだよ。俺だよ、俺!」
みんな口々に俺に会いに来たと言い合っていた。まずいな……。
きっと俺を心配して見に来たんだろう。来なくていいのに……。
「ほほぉ、俺の試合を見たくて結城さんが応援に来てるみたいだな。これは絶対負けられないな!!」
要するに美由にいいとこを見せたいらしいね。
さっきから、美由は数人の剣道部員と話をしていた。俺のことを気遣ってくれてるんだろう。だから、学校では他人の振りだろうが。
さすがにみんな自分に会いに来たと勘違いしてるから、バレることはないと思うが……。
「さあ、来い!!」
先輩は上段の構え、俺は下段の構えを取った。
「おいおいおいおい、素人かよ。剣道の構えも知らないのか?」
知らないのはあんたの方だよ。下段の構えは有名ではない。でも、剣道には下段の構えがある。
「頭がガラ空きじゃねえか、おら行くぞ!!」
先輩が大きく竹刀を振り上げて振り落とそうとした。
「突き!!!」
俺は下段の構えから斜め上に竹刀を振り上げて首を狙った。そのまま、駆け抜ける。俺が負けるわけないじゃないか。どれだけ姉さんに鍛えられたと思ってるのだ。しかも、隙がありすぎた。
そのまま、先輩は後ろに倒れた。
「おい、一本だろ!」
「いや、突きは……」
剣道の試合でも若年層は別にして突きが禁止なんて聞いたことがない。
林場先輩が審判のところにやってきた。
「おい、一本だ!」
「でも……」
「でも、もへちまもねえ!!」
どうやら、審判は今の先輩とグルだったようだ。微妙な判定なら無しにされてたかもしれないな。
「一本!!」
「柏葉くん、凄いよ、凄い!!」
見なくてもその声が美由から発せられたことは分かる。俺以外の全員に動揺走るのが明らかに分かった。
俺は美由の方に向いて、首を振った。美由は興奮していたのだろう。改めてぺこりとお辞儀してそのまま剣道場を出て行った。
「おいおい、美由ちゃんと柏葉、なんか関係あんのか?」
「いえ、席が隣同士なだけです」
「そうか、じゃあ。偶然、何か取りに来て剣道をやってるお前を見たのかもな」
林場先輩は結構雑な性格らしい。根掘り葉掘り聞かれたらどうしようかと思ったよ。その時、一ノ瀬がこっちに走って来た。
「柏葉くん、凄いね。あの先輩のかわいがりにかなりの生徒がやられてきたんだよ。妙に今日は意気込んでたからね。でも、まさか下段の構えからの突きなんて、まるで剣道一直線じゃないか!!」
俺もそのシーンを知らないわけがない。別に真似たわけではないが、俺もこのシーンは大好きだった。
ただ、真似ようとして真似れる訳はない。そこには相手の油断と、血の滲むような練習の成果があった。
「お前、つええな」
林場先輩が俺の肩を叩いた。
「痛たたたたっ。いえ、明らかに相手が油断してましたから、あれだけ振り上げたら、首がガラ空きです!」
「でもよ、それができるのは相当な練習をしてきたからだよな」
どうやら、俺は林場先輩のお気に入りリストに入れられてしまったようだ。まじかー、これじゃあ、体験入学でしたなんて今更言える訳ないよな。
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