第15話 病院

「大丈夫? 一人で降りれそう?」


「うん、大丈夫だよ。ありがとう……、それとお母さんのご挨拶が中途半端になってごめんね」


「気にしないでいいよ。結城さんは病気なんだからさ」


「移しちゃってごめんね」


「いや、移したのは俺だろ」


「そんなことないよ」


 美由は目の前で大きく頭を下げた。今回に関しては完全に俺の失態だろう。


「いやいやいや、悪いのは俺だから、それよりも病院行こうか」


「うん、そうだね」


 美由はなんとか一人でタクシーを降りて病院まで歩いた。受付を済ますと、俺は自販機でポカリスエットを買った。


「これ飲んでてよ。水分補給は大切だから、帰ってから何も食べてないでしょう。なんなら、何か買いに行ってきても……」


「うううん。ありがとうね。柏葉くんがここにいてくれるだけでいい」


 美由は節目がちに俺をチラッと見た。そう言えば川上先輩に連絡した方がいいのだろうか。俺は連絡先を知らないが、美由は知ってるだろうし……。


 でも、この状況を説明するのは面倒だ。本調子でない美由がそのまま伝えてしまうと喧嘩になってしまうかもしれない。


「結城さん、診察室に来てください」


「呼ばれたね。一緒しなくて大丈夫かな?」


「うん、大丈夫だよ」


 辛そうに歩きながらも、美由は診察室に入って行った。




――――――――





 結局、美由はインフルエンザだった。俺もインフルエンザだったのだろうか。治ってしまった今になっては正直分からない。


「ごめんね。お母さんにまで迷惑かけて……」


「迷惑だなんて思ってないよ」


「自分の部屋に帰るね。ずっとお世話になりっぱなしも悪いし……」


「いや、今の結城さんを一人にはできないよ」


「えっ!?」


「幸い俺一人だけじゃないし、身の危険もないだろうしさ」


「大丈夫だよ。そこは信じてるからね」


 美由は辛そうな表情をしながらも笑った。信用していると言うのは俺を恋愛対象とは見られてないと言う事なのだろうか。まあ、それも無理もない。美由と俺では月とスッポンだ。並んで歩いていても、とても恋人には見えないだろう。


「ほら、結城さん待ってたよ」


 母親は美由を俺のベッドに寝かせた。


「あれ、布団は……」


「こんな可愛い娘さんをお前の寝汗のついた布団なんかで寝かせてたらバチが当たるよ。さっき買ってきたんだよ」


「えっ!? そんな悪いですよ」


「何言ってるのさ。ずっと弁当作ってくれてたんだろ。本当に悠一がどれだけお世話になったか分からないよ」


「それはわたしがやりたかったから行っただけで……」


「それでもさ。その善意にこのバカ息子も救われたわけさ」


「すみません……、こんなことまでしてくれて……」


「ほら、インフルエンザだったんだろう。これでも食べて栄養をつけなさい」


 母親は美由の前に卵雑炊を差し出した。蟹なんかも入ってる。こんな豪華な雑炊俺だって食べたことないぞ。


「ありがとうございます」


 美由は一口食べてニッコリと笑った。


「お母様、美味しいです」


「お母さんなんて嬉しいね。本当にこんないい娘なら、うちの娘に欲しいくらいだよ」


「おい、こんないい息子がいるのに、何を言うんだよ」


「わたしは女の子が欲しかったんだよ。小さい頃のお前は女の子のように可愛かったのにさ」


「女なら姉貴がいるだろ」


「あんなガサツじゃなくてさ。そう、結城さんみたいに天使みたいな女の子がいいね」


「天使!? そんなわたしそんないいものじゃないですよ」


 美由は自分が天使と呼ばれて慌てて両手を左右に大きく振った。


「天使と言う言葉に思い当たるところでもあるのかい?」


「いえ、ないですけども……」


「本当に!?」


「本当です……たぶん……」


「たぶん?」


「中学の時、何故かわたしのあだ名が天使様だった時があるだけです」


 美由はそう言うと耳まで真っ赤にして俯いた。


「嫌なの? その呼び名?」


「嫌です。わたし天使でもないですし、その……わたしなんかに天使なんて呼んだら本当の天使が迷惑します」


「そんなことないと思うけどねえ。今日初めて見た時には、本当に天使が寝てるのかとびっくりしたよ」


「そんなこと……、ないです。わたしなんか……ただの怒りっぽい女ですし……中学の時は、わたしの本当のこと知らなかったから……」


「まあ、呼ばれたくなかったら、嫌そうな顔をするのがいいね」


「分かりました。頑張ります!」


 美由はそう言うと笑った。母親も釣られて笑う。本当に妹に欲しいくらいだよ。こんないい娘はそういるもんじゃない。まあ、川上先輩の彼女だけどな。


「雑炊食べたら少し寝たらいいよ。私たちは隣の部屋にいるからね」


「ありがとうございます」


「今日はわたしが料理するから味は保証していいよ」


「すみません」


「いいよ、やりたくてやってるんだからね」


 俺は美由が安心して眠るのを見て、ホッとした。


「その先輩の彼女だとしても、彼女と友人は違うからね。助けになってやりなさいよ」


「そうだな……、それにしても本当にあだ名が天使様だったなんて驚いたよ」


「それ以外にあの娘をどう呼ぶのさ。可愛いよね。メアド交換しようかしら……」


「本気かよ!!」


「うちの娘にしたいのは本気だよ。お前がもう少しイケメンなら、うちの嫁と言いたいけど、まあお前なら無理だよね」


「分かってるよ。そのことくらい……」


 そう言って母親と笑い合ってる間、一部の生徒の間で今日のことが小さな騒ぎになってることを俺は知らなかった。

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