第16話 母親の帰った後…

「お母様、これはここに置いたらいいですよね」


「うん、流石だね。よく出来たいい娘だよ」


「お母様、今日でお別れなんて少し寂しいです」


「うちの娘になるかい」


「……えと……」


 何故そこで俺を見るんだよ。薬が効いたのか次の日から美由はめっきりと元気になった。俺が心配するのも気にせずに母親と一緒に料理を作ったりしながら仲良くなっていった。


「冗談だよ……嫁は別として娘は無理だよね」


「……嫁……ですか?」


 思い切り顔を赤らめてるじゃないか。そもそも俺とは釣り合いが取れないし、彼氏だっているんだしさ。


「そう言えば連絡しなくていいのか?」


「はい!?」


 美由はキョとんとした表情で俺を見た。いや、川上先輩に決まってるだろう。


「お母さんにはちゃんと連絡しましたよ! 上の階の同級生のお母さんにお世話になってます、と返しておきました」


 そんなのでいいのだろうか。美由の母親がそれでいいなら、いいのだが……。


「じゃあ、母さんは帰るからさ」


「送っていくよ!」


「いいって、いいって。それより熱が下がったと言っても、まだ本調子は程遠いからさ。今日は近くにいてやりな」


「あっ、ああ……」


「それとそろそろその先輩の話もしておかないとね」


「まあ、そうだな……」


 母親はそう言い残して、部屋を出て行った。


「行っちゃったな」


「そうですね。嵐のような人でしたが、楽しかったです」


「美由の家はあんなに騒がしくはないのか?」


「うちのお母さんは大人しい人だから違いますね。でも、とっても楽しかったですよ」


「そうか。良かった。初めはどうなるかと思ったよ」


「それは、わたしの方ですよ。起きたら柏葉くんのマンションの寝室で、えっ、それってもしかしてって……」


 顔を赤らめて美由はそう言う。


「いや、俺はそんなことしないからさ」


 そもそも他人の彼女を寝取ろうなんて言う趣味は俺にはない。


「そしたら、お母さんがいて、びっくりしちゃいましたよ」


「だよなあ、俺も知ったの来るの30分前だよ」


「30分前!?」


「あっ、そうだよ。本当は姉さんが4時間前に送ってくれてたみたいなんだけどね」


「ええええっ!?」


「映画館のことで頭いっぱいで、LINE見てなかった」


「なるほど、そうなんだ」


 美由は何故か納得したような顔をした。


「じゃあ、わたし以上にびっくりしたのでは?」


「確かに……」


 美由はですよねえ、と言って笑った後、席を立つ。


「じゃあ、いったんわたしは部屋に戻りますね」


「あっ、ああ」


 そうだ。俺は何もできないんだから、美由がここにいても仕方がない。


「そういやさ、数日分の食材を置いて行ったから、簡単な調理で作れるし、夜はここで食べるか?」


「そうですね。柏葉くんは簡単な再加熱も危なそうですもんね」


「えー、それくらいなら出来るよ」


「冗談です!」


 美由はまた悪戯そうに笑った。それにしても本当に楽しそうに笑うなあ。そう考えていて、川上先輩のことを思い出す。


「そういやさ、川上先輩には連絡しとかないでいいのか?」


「はて、川上先輩に……ですか?」


 あれ、この反応、想像していたのと違うような。


「確かにそうですね。映画のお礼を言っておかないといけませんね」


 そう言って真顔になる。確かに彼氏と連絡を取ってないなら気になるだろう。これ以上は美由と川上先輩の話だ。きっと俺には話したくない話もあるのだろう。


「じゃあ、部屋に戻りますので……、夜また来ますね」


「夜来てもいいか確認取らなくていいのか?」


「そうですね。じゃあ、確認取っておきますね。あのメールの内容なら行くなとは言いそうにないですが」


 そう言って手を振った。川上先輩って、そんなに心の広い人なんだろうか。俺なら知らない男の部屋に行くなんて聞いたら、俺が美由のところに行くから、そこにいてくれと頼み込みそうだ。


「やはり、出来た人は違うね」


「そうなんでしょうか?」


 美由は不思議そうに俺を見た。


「あっ、こっちの話だからさ。それより、結城さんは少し自分の部屋でゆっくりとして来なよ」


「じゃあ、またお邪魔しますね」


「それと、明日の弁当は作らなくていいからね」


「えっ!? なんでですか?」


「いや、それは色々とまずいだろ」


「まずくはないですが、それともお口に合わないとか? 柏葉くんの嫌いなものとか言ってくれれば、それは避けますが……」


「いや、それは大丈夫……、なぜか好物ばかり入ってる……」


「良かった……聞いといて良かったです」


「へっ!?」


「あっ、こっちのことですね」


 聞いといてって、誰にだ。もしかしてうちの母親と連絡を……って、あの状況で取ってるわけがないか。だとすると、もしかして川上先輩にか。


 それはあり得ないか。俺は川上先輩のストーカー疑惑が一瞬頭をもたげたが、あり得るわけがない。


「じゃあ、今度は本当に行きますね」


「うん、弁当は……」


「もちろん! 作ります!!」


「じゃあ、俺のだけじゃなくて……」


 いや、これ以上言うのはダメか。川上先輩の弁当を作るかどうかなんて俺が判断すべきではない。そもそも、母親が作ってくれるから、断ってるのかもしれないじゃないか。


「俺のだけじゃなくて?」


「いや、なんでもない」


「そうですか。じゃあ、今度は本当に、本当に行きますね」


「ああ、また夜だな」


「今日までの数日、本当にありがとうございました」


「いや、元はと言えば俺が移したんだからね」


「それでも、です!」


 そう言って美由は大きく頭を下げた。本当に美由は客観的に見て可愛いだろう。まあ、川上先輩の彼女だけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る