第14話 看病

 アイスノンを買ってきた俺は美由のベッドの横に座った。


「ごめんな……」


 謝って許されることではない。川上先輩に俺はなんて謝ればいいのだろうか。殴られるくらいで済むとは思えない。


「まあ、そんな先の話よりも今だ」


 俺はアイスノンを美由の額に載せると母親の隣に立った。


「なあ、母さん話聞いてくれるかな」


「どうしたんだ藪から棒に、その顔じゃなんか訳ありみたいだね」


「ああ……!」


 俺は母親が料理を作っている隣で、包み隠さず今までのことを話した。


「結城さんは川上先輩の彼女で、俺はいきがかりで部屋に入れただけなんだ」


「なるほどねえ。まあ、あんな綺麗な娘さんがお前の彼女だなんて、おかしいとは思ったよ」


「だから、母さんも俺の彼女ではなくて、友達として接して欲しいんだ」


「なるほどねえ、毎日弁当作ってくれるのはありがたいけど、確かにそれは川上先輩に悪いよね。変な噂がたってもまずいだろうし」


 俺はコクリと頷く。


「じゃあ、まあ母さんは友達として接するわ。弁当作ってもらうのを断るとかそう言う重要な話は幸人がしなさい」


「いや、俺はちょうどいい機会だから、母さんに断ってもらおうかと」


「何言ってるのさ。男女の話は当人同士でするのが一番なのさ」


「だから、俺と結城さんとは……」


「ただの友達でもだよ。結城さんはあなたに出来た初めての信じられる異性の友達なんだろ」


 俺は小学校の辛い思い出を思い出す。あいつらは友達ではなかった。


「分かったよ。俺、結城さんにちゃんと言うからさ」


「それは母さんが帰ってからでもいいからさ。まずはインフルエンザを治療してからだよ」


 俺たちが話していると寝室から美由のうなされている声がした。


「行ってあげなさい。きっと親元を離れてひとりぼっちだ。心細いに決まってるよ」


「川上先輩は呼ばなくて大丈夫か?」


「呼んでどうするのさ。そんなことしたら、幸人だけじゃなくて、結城さんも困ることになるだろ」


 それはそうだ。こんな所を見られたら色々と勘ぐられかねない。


「確かに!……そうだな」


「そう言うところが良くわかってないんだよね。少なくとも結城さんは、川上先輩に秘密にして出かけるくらいにはお前のことを信用してる。だから、その気持ちには応えないとダメだよ」


 俺は分かったと言って美由の隣の席に座った。美由の熱にうなされた表情が嫌に大人びて見えて俺はドキッとした。唇が少し濡れていて、その艶かしさが俺を釘付けにする。


「お母さん……」


 美由の手が空を掴んだ。俺は慌ててその手を握る。


「もう、大丈夫だよ……、きっと……」


 俺がそう呟くと美由の瞳から涙がこぼれ落ちた。きっと母親の夢を見ているのだろう。高校生と言っても子供だ。母親が恋しくなるのは当然だ。


「柏葉くん?」


「あっ、ごめん。起きた……」


「えっ、ここは柏葉くんの部屋!? えっ、ええっ……」


「ごめんね。あの後タクシーで送った後、寝ちゃってさ。起きられる? 今からお医者さんに行こうと思うんだけどさ」


「えーと、……うん、大丈夫……だよ」


 そう言ってぐるりと部屋を見渡す。


「大丈夫だよ。わたしがずっと見てたから、幸人は結城さんに何もしてないよ」


「えっ!? ええっ……もしかして柏葉くんの……」


「お母さんだよ」


「ええっ!? あの……そのお世話になってます」


「いや、お世話になりっぱなしなのは俺で……」


「それは、わたしがやりたかったからなわけで……いや違うか……いや違わない。ごめんなさい」


 起き上がりながら美由は一人で自爆しているようだった。


「大丈夫だよ。結城さんがこいつの彼女じゃないことは分かってるからさ」


 美由は俺と母親の顔を数回往復したのちに、母親をじっと見た。


「そうですか。それにしてもびっくりしましたよね。本当にごめんなさい……、わたしがタクシーで寝なければ驚かせることもなかったのですが……」


 そう言って深く頭を下げる。


「本当にいい娘さんだね。うちの娘に欲しいくらいだよ」


「おいおい、どう言うことなんだよ。こんな息子がいてよ」


「料理ひとつも作れない癖にさ」


「これから作れるようになるよ!」


「どうだかねえ」


「あっ、料理ならもしよろしければ、わたし毎日でも作りますので、あっ」


 そう言って美由は盛大に自爆したようだった。


「あの、そのそう言う意味じゃなくて……」


「分かってるよ。それよりタクシーはもう来るのかい」


 俺はスマホのアプリを確認した。


「ああ、もう下に着いたってさ」


「立てるかい? 介添えには頼りないけど幸人がするからさ」


「頼りないなんてことはないのですが……大丈夫……かな?」


 美由は立ち上がるとゆっくりと歩き出した。


「なんとか、一人で歩けそうです」


 ニッコリと笑う。まあ、それはそうだな。年頃の女の子で彼氏持ちだ。俺が介添えなんてしない方がいいだろう。


「大丈夫かい。辛かったら、こいつ使ってくれていいからね。後、タクシーまでなら私にもたれかかって歩きな。一人で歩くのは危ないからさ」


「ごめんなさい」


「謝りたいのはわたしのほうだよ。こんなダメ息子で本当にごめんね」


「いえ、そんな事はないですよ」


「ふふふ、そう言ってくれると嬉しいね」


 俺は先に出てタクシーを呼びに行った。少し遅れて、母親と美由が降りて来る。美由は強がってはいるが今は歩くのも辛そうだ。


「じゃあ、送迎と介護、ちゃんとしなさいよ」


「えっ!? 母さんは来ないのか?」


「あの部屋のままじゃダメだろ。そんな事はいいから、あなたも男ならちゃんとしなさいよね」


 俺は美由を先に乗せ後からタクシーに乗った。母親も同行すると思っていたので、かなり驚いた。

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