第13話 母親来訪

「それにしても、母さん安心したよ!」


「だろ!」


「長野にいた時は、食事も掃除も母さん任せで、本当にカップラーメンにお湯を入れることも面倒くさそがったよね」


「まあ、そうだな。じゃあ、俺の成長も見れたことだし、そろそろ帰ってくれるかな」


 無理は承知で俺は母親に言ってみた。


「幸人、何言ってんだよ。それにしても本当に料理してるようだね。ちゃんとフライパンやお鍋も揃ってるし……」


 俺はそれを聞いて改めてキッチンを見渡した。キッチンは美由が部屋から持ってきた食器や調理器具で溢れていた。決して雑然と置かれてるわけじゃなくて、キッチンはちゃんと片付けられている。


「幸人、なぜ箸とコップが二つずつあるんだね?」


「あっ!?」


 さすがは主婦。俺は今まで全く気がつかなかったぞ。そうか、俺の看病中は美由もここでご飯を食べていたのだから二つずつあるのは当然だ。


「まあ、友達が来ることもあるからな」


「へえ、早速友達もできたのか。長野にいた頃にはもう友達なんて作れないくらい落ち込んでたのにね。そうか、京都に来てよかったね」


 母親は嬉しそうにそう言った後、洗面所に向かう。寝室に行くと言わなければ大丈夫だろう。


「ねえ、幸人」


「どうした、母さん?」


 母親が俺を不審そうに見ていた。


「その友達って、もしかして女の子?」


「えっ? なんで……」


「ほら!」


 洗面所には歯ブラシ立てが置かれ、男ものの歯ブラシの横に明らかにピンクの歯ブラシが置かれていた。


 ちょっと、美由! 待ってくれよ。俺は冷や汗を拭いながら……。


「気分で使い分けてるんだよ。占いとかあるじゃん。俺は信じるたちでさ。今日は青の歯ブラシ、今日はピンクの歯ブラシと使い分けてるんだよ」


 本当に何言ってるんだか分からない。ただ、女の子と同棲してると思われるくらいなら、変な宗教にハマってると思われた方がマシだ。


「ふううううん!!」


 全く信用してない顔なんだけど……。


「そういやさ、母さん寝室、まだ見てないけども……」


「おいおい、部屋がこれだけ綺麗なんだぜ。寝室も綺麗に決まってるだろ!」

 

 俺は思わず寝室の扉の前に立った。


「幸人、……そこをどきなさい!」


「いや、ここは、そう。あまり片付いてないから見せたくないんだよ」


「なら、なおさら見ていかないとね!」


 うわっ、墓穴を掘ったのか。


「どきな!!」


「いやだ! どきたくない」


 母親は俺を引っ張った。流石に女の力ではどうしようとあるまい。


「なんか母さんに見せたくないものがあるんだね」


「そ、そんなもん、あるわけねえだろ」


「幸人、嘘つく時、頭を掻く癖、変わってないね」


 しまった。思わずいつもの癖が出てしまった。


「これは違うんだよ」


「何が違うんだよ、ほらどきな」


「ここだけは、絶対どけない!!」


「こら、往生際が悪いね」


 往生際が悪かったって、美由を見せるわけにはいかない。その時、うーんと苦しそうな美由の声が聞こえた。


「幸人!!!!」


「どうしたんだ?」


「お前、今の声……?」


「あっ、俺が思わず出した声のことか。ほら、うーん」


 少し高めに声を出す。無理があるってもんじゃない。


「どう考えても、扉の向こうから聞こえたけど」


「気のせいだよ!」


「ほら、開ける! そんなことしてたら、学費止めるよ」


「そ、それだけは……」


 学生の辛い身だ。美由、すまない。


「中を見ても、余計なことは言うなよ」


「分かってるよ。部屋が散らかってるのは今に始まった話じゃないしさ」


 俺は扉をゆっくりと開けた。目の前に飛び込んできたのは苦しそうに寝返りを打つ美由だった。


「こっ、この可愛い娘さんは、……もしかしてお前……」


 母親の視線は目の前の美由に釘付けになっていた。美由は苦しそうにしているが、その光景は地上に舞い降りた天使だった。なんか、美由の周りだけ輝いているように見えるよ。


「同棲してない。彼女は友達なだけだ」


 母親の表情が驚きから喜びに変わってくるのがはっきりと分かる。


「長野であんなことがあったから、もう彼女なんて作れないかと思ったのにさ。母さん嬉しいよ。こんな可愛い娘さんと同棲してるなんてさ」


「だから、してないって……」


「もう隠さなくてもいいよ。なんて名前なんだい。どこで知り合ったんだ? 奥手だ奥手だと思ってたから母さん、本当に驚いたよ」


「だから、違うと言ってる!」


「そんな謙遜しなくていいって、本当に見れば見るほど可愛い娘だね」


「だから、俺なんかと釣り合うわけがねえだろ」


 俺はそう言いながら、美由が苦しんでるのに気がついた。


「なあ、母さん……雑炊作れるか? 結城さん、俺の熱が移ってしまったんだよ」


 同棲の疑惑を晴らすのは美由を治療してからだ。母親は嬉しそうにしていたが、美由が苦しんでるのに気がつくと、慌てて美由の額に手を当てた。


「熱い! これはインフルエンザかもしれないね」


「えっ、俺の熱が移ったんなら……」


「バカだね。これだけ熱があるならインフルエンザを疑うものだよ。料理作るから、結城さんだっけ、彼女の看病をしてなさい。ほら、お金渡すからアイスノン買ってきて……彼女の意識が戻ったらタクシー呼んで、病院に連れていくんだよ」

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