第12話 看病

 美由が熱になったのは俺のせいだ。


 俺は運転手にマンションの場所を指示しながら、横で苦しそうにしている美由を見た。


「ごめんね、結城さん」


 川上先輩を呼ぼうかと思ったが、俺は川上先輩の連絡先を知らない。


「そこを右に曲がってください」


 マンションの前に着くと俺はお金を渡した。


「結城さん、歩ける?」


 そこで美由が眠っていることに気がつく。


「お連れさんは大丈夫かい?」


 タクシーの運転手も心配そうだ。


「右の扉を開けられますか?」

 

「分かりました。開けますね」


 運転手に扉を開けてもらい俺は美由を抱っこした。幸い美由は思った以上に軽い。これならなんとか部屋まで運べそうだ。


 俺はエレベーターを呼び四階を押した。美由の意識がないため、美由の部屋には行けない。


「ごめんな、俺の部屋になるけど……」


 美由は苦しそうにしている。早く横に寝かしてあげないと。押し倒しそうになりながらも、美由を俺のベッドに寝かした。


「俺のベッドだけど、今のところはここで寝ていて……」


 俺の風邪が移ったのならば、俺の風邪薬で大丈夫なはずだ。問題は栄養のあるものを俺が作らないといけない。冷蔵庫を開けてみる。


「食材、結構入れてくれているな」


 きっと俺の看病をしてくれていた時に用意してくれたものだろう。この食材なら雑炊くらいなら作れそうだが……。


「俺、料理したことないんだよな」


 本当に最悪だ。美由は看病してくれたのに。俺は全く役に立たない。仕方がないのでおかゆの元でも買ってこようと部屋を出ようとした。


「あれ、姉からラインがきてる……」


 送られたのはちょうど美由と待ち合わせをしている時だった。こんな時に何を送っているんだよ、と言いながら、俺はLINEの内容を見た。


「嘘、……だろ」


 そこには母親の今日の行動が書かれていた。


(母さん、どうやらお前のマンションを見に行ったみたいなんだよね。さっきラインで新幹線に乗ったから、と連絡来た。本当なら先に教えようと思ってたんだけどさ。完全に読まれてたよ。ごめんなさい)


「本気、かよ」


 姉さんと俺が繋がっていることを読んでの行動だった。もう、あれから4時間も経っている。新幹線に乗ったのであれば、京都まで5時間程度で着いてしまう。


「後1時間ないかも……」


 美由を起こすわけにはいかないだろう。幸いなところ、寝室とリビングが分かれている。


「母さん、すぐ帰すからさ」


 苦しんでいる美由を一人部屋に放置するのは忍びないが、こんなところを見られたら何を言われるか分からない。俺は水枕を交換して水で絞ったタオルを美由の額に乗せた。


「ごめんな、俺のせいで……」


 意識が戻ってくれたらいいのだが、今はそう言っていられない。俺は寝室の扉をゆっくりと閉めた。


 部屋は片付いているな。美由のおかげで汚部屋を見せなくて済むと俺はホッと胸を撫で下ろした。寝室にさえ入れなければ大丈夫だろう。


(部屋は片付いてるから、多分大丈夫だと思う)


 俺がそうLINEを送ると健闘を祈ると言う内容のLINEと可愛い猫のピースしてるスタンプが送られてきた。


「らしくねえ!」


 俺は思わず笑ってしまう。姉がこんな可愛いLINEスタンプを送ってくるなんてあり得ないよ。


 俺はなるべく寝室に行かないように部屋を片付けた。そして寝室の前に物などを置いた。


「カモフラージュは出来たかな」


 こんなことをしても本当に意味があるのか分からない。それでもやらないよりはましだ。流石に男の部屋にこんな天使のような女の子が寝ているところを見られたら完全に勘違いされてしまう。


「もうすぐ来るかな……」


 俺は寝室をチラッと見る。確かに川上先輩が惚れるのも無理はない。しかも、美由は性格も可愛いのだ。俺と釣り合うわけが無い。もし、母親に勘違いされたら、美由だって大迷惑だろう。


 俺はリビングの椅子に座って母親が来るのを待った。隣の部屋の美由に美味しいものを食べさせてあげたいが、そんなこと言ってはいられない。


 それから30分後、インターフォンが鳴った。


「どなたでしょうか?」


 白々しすぎるが、流石に母親も連絡されてるとは思わないだろう。


「母さんだよ。早く開けな……」


 本当に母親らしいよ。自分の事情だけで俺のことなんて考えてない。まあ、今回に限っては俺の抜き打ちも兼ねてるのだから、強引なのは仕方がない。


 俺は一階自動ドアを開け、母親が来るのを待った。母親がこのマンションに来るのは2回目だ。前は高校合格が決まった日だった。


「幸人、久しぶりだね」


 玄関ドアを開けると母親が俺を無視して部屋に入ってきた。


「おいおい、勝手に入るなよ!」


「何言ってるんだよ。ここはわたしが契約したんだよ。言うなればわたしの部屋だよ。自分の部屋に入るのに幸人の許可なんているわけないじゃないか」


「そうは言ってもさ。一応、今は俺の部屋なんだからさ」


「そう言うことは自分で稼げるようになってから言うんだね」


 母親は俺の部屋をぐるっと見渡した。


「へえ、意外だねえ。もっと散らかってるのかと思ったよ」


 俺はチラッと寝室の方を見てしまう。犯罪者は証拠についつい目がいってしまうらしい。犯罪現場に戻る犯罪者もそれが理由だろうな。


 美由は大丈夫だろうか。高熱の美由を放置しておくわけには行かない。早く帰ってもらわないと。俺は焦る気持ちで母親を見た。


「ほら、分かっただろう。じゃあ、帰ってくれよ!」


「何言ってるんだよ。せっかく母さんが青森から来てやったと言うのに……」


 いや、来て欲しいと言ったことは一度もないが……。

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