第9話 看病その3

「えと、ど、どう言うこと?」


「心配だから、食べさせてあげるよ」


 いや、それはまずいだろ。


「お、俺たち、こ、恋人じゃないし……」


「うん、分かってるよ。でも、友達だったら、心配するよね」


 だからと言って彼氏持ちの女の子に食べさせてもらうわけには行かない。


「大丈夫だよ。一人で食べられるから……」


 俺は慌てて起き上がる。あれ、頭がぼーっとしてくる。こいつはまずいな。そのまま、身体が前に倒れていく。


「ちょ、ちょっと、だからダメだって!」


 そのまま身体に柔らかいものが当たる。えっ、これはソファなんかじゃないよね。目の前にはピンクのカーデガンに包まれた柔らかい膨らみがあった。朦朧とする意識の中にお○ぱい最高と言う声が頭の中を反芻する。


「だから言ったじゃない」


「ごめんなさい」


「これからは美由お姉ちゃんの言うことよく聞くんだよ!」


「えっ!?」


「うふふふ、だって危なっかしくて弟みたいなんだもん」


 美由お姉ちゃんか。俺にとっては妹みたいに思ってたんだが……。確かに人間としてのポテンシャルを考えたら弟の方がしっくりくるな。美由は背が低いから、二人で並んで歩いたら見た目は可愛い妹にしか見えないだろうが。


「はい、どうぞ。卵を入れた雑炊ですよ」


 一口食べると卵とお米とお塩が調和していて、正直かなり美味しい。


「美味しいよ!!」


「じゃあ、もう一口ね。あーん」


「あーん」


 思わず声に出して言ってしまう。美由を見るとくすくすと笑っていた。


「バカにすんなよ」


「バカになんかしてないって。可愛いなって……」


「男なのに可愛いはおかしいって……」


「おかしくないよ。可愛いものは可愛いよ」


 可愛いのは美由だ。俺なんかモテない貧乏学生で、川上先輩のようにカッコ良くもサッカーができるわけでもない。成績はまあ、悪くはないとは思うが、それ以外で差が開けられすぎて比較対象にすらならないだろう。


「はい、あーん」


 食べられると言ったものの結局一人で食べられず俺は言われるがまま口を開け、美由が作ってくれた雑炊と豚汁のおかわりまでしたのだった。


「これくらい食べられれば大丈夫だよね。後、これ市販のお薬だけどちゃんと飲んでね。お医者さんには気分が良くなってからでいいから行ったほうがいいよ。じゃあ、また見にくるからね」


 そう言って美由は部屋を出て行った。美由は正直可愛いと思う。可愛くて、性格もきっといいのだろう。少なくとも、小学生の時、俺をバカにしたあいつ達とは違う。


 でも、だからこそ、美由には幸せになってもらいたいと思った。幸い川上先輩を少し調べさせてもらったが、温厚な性格で問題を起こしたこともなさそうだ。なら、ふたりの関係を俺は温かく見守ってやるだけだ。


「川上先輩、すみませんでした。美由……、いや結城にはちゃんと今後は弁当はいらないと言い聞かせますから」


 誰もいない空間に向かって俺は一人呟いた。


「それにしても柔らかくていい匂いがしたな」


 女の子の身体が男とは全く別物で、柔らかいことは流石の俺だって知ってる。それにしても柔らかすぎた。あんなの毎日揉めるなんて、本当に尊いな……。


「俺は何を考えてるんだ!」


 そもそも、あのふたつの膨らみは川上先輩のものだ。俺のものじゃない。


「俺は彼女が欲しいのだろうか……」


 その声に反応するように胸がギリギリと痛み出す。俺は女なんか信用しないとあの時、誓ったんだ。美由は特別なのかもしれない。だが、他の女に告白なんてしてみろ、それこそ以前と同じことになる。




――――――




「トントントントン、ジュー……」


「おはよう。今日は休みでよかったね」


 そうか俺はあれから朝まで寝ていたのか。昨日までの辛さが抜けたように気分が爽快になっていた。


「昨日、今日とお世話になりっぱなしでごめんね」


「いいのいいの。それよりも、顔色も随分良くなったようだね。起き上がれそう?」


「うん、大丈夫そうだよ」


 俺は恐る恐る立ち上がってみる。昨日感じた目眩は感じないようだ。


 そのまま、食卓に座る。目の前にはお粥とスクランブルエッグ、サラダとお味噌汁が載っていた。


 お粥を口に含むと梅の酸っぱさと共にお米がサラサラと溶けていく。


「梅がゆ?」


「うん、梅は好き嫌いがあるから大丈夫だったかな? 病気の時は梅が身体にいいから、梅がゆにしたのだけども……」


「うん、小さい時から梅干しとか好きだったから、大丈夫だよ」


「だよね。不安だったけど、そう聞いたから大丈夫かな、と思って……」


 あれ、聞いた? 誰に聞いたんだろう。俺と美由に共通の友達なんかいないはずだ。そもそも美由には友達がいても俺にはいない。


「えっ、誰に聞いたの?」


「あっ……」


 美由は目を逸らし、暫く考えた後、俺をじっと見た。


「この前言ってたよ。小さい時から梅干し好きだったって?」


 えっ? そんなこと話した事はないと思うが……。そもそも俺が昔の話をすることなんて殆どない。


「本当!?」


「えと、誰かと間違えたのかな?」


 美由は困ったような表情をする。どうせ川上先輩と間違えたんだろう。

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