第8話 看病 その2

「コトコトコトコト、トントントントン」


「ジュー……」


 いい匂いだ。実家で毎日繰り返されてきた食事を作る音とご飯が炊ける匂い。そこに、お味噌汁の匂いも混ざり合う。


「ああ、懐かしいな」


 最近は美由にお弁当を作ってもらうようになったため、栄養自体は以前より遥かに良くなったが、やはり作りたての温かいご飯を食べたいものだ。


 ご飯!?


 俺は慌てて飛び起きた。


「起こしちゃいましたか? 大丈夫です? ご飯もうすぐできますから、ちょっと待ってくださいね」


 美由が寝室に来て俺の額に手を当てた。


「まだ、熱いですね。ダメですよ、熱があるなら、ちゃんと言ってくれないと……」


「えと、これは!?」


「いきなり倒れちゃったから、入っちゃいました。ここまで運ぶの大変だったんですよ!」


 部屋を見渡してみると、散らかっているが前ほど雑然とはしていない。本は本、衣類は衣類とまとめられていた。


「あのさ、ゴミとかはどうしたの?」


「あれだけ散らかってたら、熱も出ますよ! ちゃんと捨てておきましたからね」


 俺は美由の顔をじっと見た。


「ど、どうしましたか? 何か私の顔に付いてますか?」


「いや、引かれてないかな、と思って……」


「反省してくださいね。普通の女の子なら確実に引いてるところです!!」


 と言うことは美由は引いていないのかな。


「わたしは、男の子の部屋なんてこんなもんだろうと思ってましたから、大丈夫ですよ」


 美由はそう言ってニッコリ笑った。


「あっ、ちょっと待ってください。雑炊と豚汁を作ってますからね」


 美由はそう言ってキッチンに行こうとする。


「ありがとうな」


「お友達なんですから、当たり前です。それとお礼は食べてからですよ」


 そう言ってキッチンに行ってしまう。


 俺は料理を作る音を聞きながら考えていた。美由は彼氏が出来たのに俺はなんてことをしているんだ。


 出来ればもう大丈夫なところをアピールして帰ってもらわないとダメだ。流石に彼氏持ちの女の子が一人暮らしの男の部屋に二人きりはまずい。そう思い意を決して立ち上がった。


 うわ、目がくらくらするよ。このまま長い間立ってたらもう一度倒れてしまいそうだ。


「なあ、結城さん」


「わっ、だ、……ダメですよ起きちゃ……、まだ熱も下がってないんだからね。それと少し動けるようになったらお医者様のところに行かないとダメですよ!」


「いや、もう平気だから……」


「平気なわけないじゃないですか!」


 強い調子で美由は俺に言う。でも、彼氏持ちの美由が、俺と一緒にいちゃダメなんだって……。


「ほーら、良い子は寝ててください。わたしは大丈夫だからね」


「えっ!?」


 俺は美由に介添えされながらベッドに横になった。悪いと思いながらも、美由に迷惑をかけてしまう。部屋から出ていく寸前に美由がこちらを振り返った。


「わたしは違うんだよ」


 そこでニッコリと笑った。


「何が……」


「だから、安心して寝ていていいよ。ご飯できたら起こしますからね」


 美由は何が言いたかったのだろうか。何が違うのか、何を安心していいのだろうか。美由に聞きたかったが強い睡魔が襲ってきて、そのまま寝てしまった。




――――――





 次に目覚めた時には部屋に美由の姿はなかった。ダイニングテーブルを見ると薬と雑炊と豚汁が置かれていて、そのそばにメモがあった。


「あまりにもぐっすりと寝ていたため、少し部屋に戻ってます。これは市販薬なので、一時凌ぎですが少し楽になるかもしれません。ちゃんとご飯を食べてゆっくりと寝ていてくださいね。一人で食べるのが辛かったり、何かあったらすぐに連絡ください。わたしのスマホの連絡先は090-0000-0000です。わたしに気を遣わなくていいので、辛くなったら必ず連絡するのですよ。後で様子を見に行きますからね」


 マジか……。本当にオカンみたいだな。これを言ったら絶対怒られるので口にはできないが、なんとなく美由を自分の母親を重ねてしまった。


 俺は立ち上がってみる。半日以上寝ていたので少し楽になっているようだった。頭を見ると水枕が置かれていた。こんなものはこの部屋になかったから、きっと美由が部屋から持ってきてくれたのだろう。そう言えば部屋の中を見渡すと茶碗や箸など部屋になかったものがある。


 悪いことをした。彼氏持ちの彼女の世話になってしまった。本当に申し訳ないな。連絡先が書かれているが、さすがに連絡することはないだろう。


 俺はそのまま起き上がって食べようとした。


「あっ、起きましたか?」


「あれ? 部屋に帰ったんじゃなかったの?」


「心配だから来たんですよ。大丈夫ですか?」


「うん、なんとか食べられそうだよ」


「じゃあ、柏葉さんは寝ていていいですからね」


「えっ!?」


「熱が少し下がったからと言ってすぐに起きたら、また悪くなりますからね」


 そう言って、美由は雑炊と豚汁を載せたお盆をベッドまで運んで、横の椅子に座った。


「えっ!?」


「どうぞ。まだ温かいですから、はい、あーん」


「ええええっ!?」

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