第7話 看病

 俺はいつものようにホームルームが終わると隣の美由に何も言わずに席を立った。美由はこちらを向いて何か言いたげだったが、友達の瑠璃に話しかけられていたので、何も言っては来なかった。


「で、どうするの? みゆみゆ」


「どうするって、何を?」


「まーた、また。川上先輩って言ったらイケメンでサッカーできて頭良くて超優良株じゃん」


「そうなんだ!」


「まーた、知らないふりして」

 

「ちょっと痛いよー」


「うりうり……」


 隣で黄色い声が聞こえるが気にする必要はない。美由は久しぶりに出来た友達だったから、話せなくなるのは、少しだけ寂しくはあるが……。


「て、おい。俺は何を考えてるんだよ!」


 正門の手前で思わず声に出てしまい近くにいた生徒数人が、こちらをチラッと見るが、興味が無くなったのか、そのまま視線をそらした。


「何を情けないこと考えてるんだよ」


 俺は人に頼らないと決めたんだ。頼れば裏切られる。そんな簡単なこと小学校の時に嫌と言うほど学んだはずだ。


「良い娘だった、……よな」


 だが、美由も俺になんか関わる必要なんてない。川上の彼女になったら、俺の存在そのものが邪魔になる。美由はそう思わなくても、川上はそう思うだろう。少なくとも俺が美由の彼氏ならそう思う。


「俺は……、何を言ってるんだ」


 俺が美由の彼氏なんて、あまりにも飛躍しすぎだ。そもそも、俺と美由なら釣り合いが取れるわけないじゃないか。


 まあ、そんな淡い夢も今日までだ。今日、美由は川上の告白を受け入れる。そして、俺のことなんか気にしなくなる。


 あいつのことだから、夜に弁当を持ってくるかもしれないな。その時にでもちゃんと次からは作らなくていいからと言ってあげないとな。


「春なのにやけに寒いな」


 今日はかなり寒く感じる。俺は額に手をあてて気がついた。熱が……、あるのか。


「風邪、引いたかな」


 美由のメアド聞いておけば良かった。もしかしたら、几帳面な美由は気になって俺の部屋に来てしまうかもしれない。そうなったら、風邪を移してしまう。


 彼氏ができたんだから、そんなことないか。浮かれていて、俺のことなんて忘れてしまっているかもしれない。


「あー、だるい。熱いよ。風邪薬あったかなあ」


 俺は部屋に入ると倒れ込むようにベッドに寝転んだ。今まで我慢していた疲れが身体中に広がる。うわー、これは久しぶりに本格的な風邪だよな。美由に移ってなければ良いが……。


 俺はそのまま意識が遠のいていった。


「ピンポーン……、ピンポーン」


 あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。遠のいていた意識が少し戻ってきた。部屋にインターフォンが鳴り響く。美由か、本当に几帳面なやつだな。彼氏ができたんなら、俺のことなんてどうでも良いのに。


 俺はインターフォンの通話ボタンを押した。


「結城さん、どうしたの?」


「やっと出たよ。ほら、開けてよね。弁当持ってきたからね」


「弁当はいいよ。悪いからさ」


「なぜ、悪いのよ。とりあえず扉開けてくれないかな?」


 ちゃんと話さないと帰りそうにないので、マスクをして、扉を開けた。


 扉を開けると美由が小動物のようにぴょこんと顔を出した。確かにこれなら川上もイチコロだろうな。


「どうしたの? マスクなんてして」


「ちょっと風邪気味なんだよ」


「大丈夫!?」


「うん、大丈夫だよ。それより、今後はこう言うのしなくていいからね」


「どう言うこと?」


「結城さんだって、生活が変わっていくだろうし、俺なんかがいたら邪魔だと思ってさ」


「どうして? わたしと柏葉くんは友達だよね」


「そうだけど……」


 彼氏ができたんだから、俺なんかに関わってたらダメだろ。その言葉が喉の奥まで出かかるのを慌てて引っ込めた。それを言ってはダメだ。美由を追い込んでしまう。


「じゃあ、今後もお弁当作らせてよ」


「いや、そう言うわけには行かなくてさ」


 立っているだけでも辛いのに、これ以上話すことなんてできないのに……。なぜか、美由は俺のことを聞いてくれなくて……。


 これ、本格的にやばいやつだわ。ちょっと待てって意識が、やばい……。美由の前で倒れるわけに行かねえだろ。


「ちょ、ちょっと柏葉君、大丈夫なの!」


 美由の手が俺の額に乗せられる。


「熱っ!! ダメじゃない寝てなくちゃ!!」


 うわっ、美由の手冷たいなあ。そういや、冷たい手の娘って、心の優しい娘だっけか。


「ちょっと、柏葉くん!! 柏葉くん!!」


 俺はそのまま美由の身体に倒れ込んだ。彼氏持ちの女の子の身体に倒れ込むなんてまずいだろ、と言う気持ちと女の子の身体柔らけえよな、いい匂いがするし、と言う声が俺の中をぐるぐる回って、そのまま意識が遠のいて行った。

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