第5話 姉からの電話

 四月も終わりに近づき、ゴールデンウイークも目前になった日曜早朝。突然、スマホが鳴った。スマホの連絡先は、まだ誰とも交換してなかったので、この電話が家族からであることは明白だった。


「なんだよ、朝からうるさいなあ」


 どうせ母親からだろうと電話に出てみると姉の沙耶香だった。


「あなたねえ。なぜすぐに出ないのよ。まさか、今まで寝てたんじゃないでしょうね。わたし、前から言ってたよね。柏葉家の当主たるもの、朝は早起きをして走り込みをして、毎日欠かさず素振をしろって!」


 いかにも姉らしい考え方だ。友達を作らない俺を剣道に誘ったのは姉だ。


「幸人、今でも剣道してるんでしょうね!」


 せっかく姉から逃れられたのにクラブ活動なんてするわけないじゃないか。そもそも、姉と稽古をしてただけで、中学の時もクラブなんて、入ったこともないわけだが……。


 俺の一瞬の躊躇いに気づいたのか、電話の向こうの姉は矢継ぎ早に俺に言って来た。


「あなたねえ、一人暮らしだからと言って、怠惰に暮らしてるんじゃないでしょうね。おひとり様ライフを満喫するとかふざけたこと言ってたら殴るよ」


 まるで見て来たような台詞だ。確かに俺は美由と友達になるにはなったが、学校では他人のふりをするのをいい事に弁当の受け渡し以外は友達らしい事は何もしてなかった。


「そんな事ねえよ。もう、友達もできたしな」


 別に嘘は言ってない。


「へえ、少しは変わったのかなあ。母さんが抜き打ちで行っても大丈夫だよね?」


「はあ、ふざけるなよ。なぜ、俺が監視されなきゃいけないんだよ」


「誰がそこのマンション代とか食費を出してあげてると思ってるのよ! そんなこと言ってると地元の学校に編入させるよ、と後ろで母さんが言ってるけど」


 それだけは勘弁して欲しい。俺は古傷が疼くのを感じた。


「……それだけはやめてくれ」


「分かってるわよ。幸人があの子達を許せない事はわたしだって分かる。だからこそ、変わったところもアピールしないといけないのも分かるよね」


「分かるよ。だから、言ってるだろ。もう、終わった事は気にしてない。やっと友達もできたんだから、それで問題ないだろ」


「問題は大ありよ。電話で話してても分からないもの」


「それはそうだけどよ」


「まあ、母さんには友達できた事は言っておくからさ。あれでいて母さんも忙しいし、実際に京都まで行く事はないとは思うけどね」


「頼むよ」


「はいはい、でもさ。いつかはマンション見せなさいよ」


「ああ……」


「それとさ、友達って……同性かな。それとも、女の子!?」


「ふざけろ!」


 俺は図星をつかれて、慌ててスマホを切った。それにしても母さんが来るかもしれないか。まあ、さすがに青森から京都まで来るわけはないと思うが……。それを見越して東京の高校を避けたのだから……。


 そして自室を改めて見て溜息をついた。


「半月そこそこしか住んでないのに散らかってるよなあ。来る事はないとは思うが、少し片付けておかないと、来た時に連れ戻しかねないよな」


 美由との関係はあれから進展することもなかった。お互いのパーソナルスペースを大事にしようと俺が持ちかけ、弁当の受け渡しは近くの公園で行なっている。平日は学校に行く前だが、日曜日は11時くらいに俺が取りに行く事になっていた。


「まあ、あの姉のことだから、この部屋の惨状を見たら、どうするのよ、これじゃあ女の子も連れ込めないでしょう、とか言いそうだがな」


 もちろん美由とそう言う関係になりたいわけじゃないし、向こうも偶然席がお隣さんだったから、気になっただけだ。


「それはそうと今は何時だ?」


 俺は目の前の時計を見た。まずい、そろそろ11時だ。あまり遅いと気になって様子見に来るかもしれない。


 面倒ごとは先に終わらして、おひとり様ライフを満喫するぞ、と俺は服を着替えて、寝癖がないか洗面所で確認をした。


「よし、これなら大丈夫だ」


 俺が玄関ドアを開けると目の前に美由がいた。


「はい!?」


「あのですね。同じマンションに住んでるのに、休みの日も弁当の受け渡しが、公園って何か変じゃないですか?」


「いや、そんなことないと思うぞ」


 俺は部屋の中を見られないように注意をしながら、小さく開けてゆっくりと扉を閉めた。


「いや、やはり変ですよ! 私たち友達じゃないですか。なら別に部屋に直接渡しに行っても良いと思うんですよね」


 それはかなり困る。高校の同級生にこの部屋の惨状は見せられない。流石にこの部屋を見られたら千年の恋でも冷めるよ。まあ、ただの友達だがな。


「玄関で受け取るじゃダメか……」


「なぜですか?」


「いや、美由は女の子だからな。流石に思春期の男の部屋に入るのはまずいと思うしな」


 美由の澄んだ瞳が俺をじっと見つめている。


「柏葉くんは、わたしを部屋に入れて、いやらしいことしますか?」


 俺をじっと見つめる瞳が正直痛い。


「いや、俺がするわけないじゃないか」


 流石にその真摯な瞳に耐えられるわけがない。俺が自白すると目の前の美由は手をパンと叩いた。


「なら大丈夫ですよ! 部屋で受け渡しましょう!」


「俺が困るから、お願いだから玄関での受け渡しにして」


 それを聞いて目の前の美由はニッコリと微笑んだ。

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