第3話 お弁当
部屋に帰った俺は落ち着かなかった。なぜ美由と俺が同じマンションなのかは百歩譲って分かる。地方の実家を離れてマンションで生活するのは都会の進学校であれば別に珍しい話ではない。
「なぜ、あいつは俺が一人暮らしだと知ってるんだよ」
ここのマンションは学校専用のマンションではない。他にも選択肢はありそうなものだ。
「ストーカーってことはないよな」
一瞬考えて馬鹿馬鹿しくなって考えるのを辞めた。馬鹿馬鹿しい。あんな美少女が俺をつけるストーカーだなんてあるわけがない。
「まあ、明日、本人に聞けばいいか」
俺は何も考えずに、そのまま寝ることにした。お腹が空いていたが、珍しく人と話したので疲れたのだ。
――――――――
次の日の朝、起きると強い空腹を感じた。流石に一食抜くと正直キツイ。冷蔵庫を開けてみたが、食材などは全く入っていなかった。仕方がない。少し早くマンションを出てコンビニでパンでも買うか。
部屋を出てエレベーターの一階のボタンを押す。俺が四階で美由は三階か。友達になったからと言って、起こしに来たりなどと言うギャルゲーイベントなど、もちろん起こるわけがない。
エレベーターは三階で一度止まる。開くと目の前に美由がいた。凄いタイミングだな。
「おはようございます。柏葉さん、昨日はちゃんと寝られましたか?」
「あっ、ああ……、今日は大丈夫だから」
俺はエレベーターの閉ボタンを押してそのまま一階まで降りる。美由の中では俺は居眠りキャラに定着したようだった。
「少し早く学校に行ってるのですか?」
美由も同じタイミングでの登校なのだから、俺のことは言えないのだが、本来俺は学校に早く行って自習をするタイプではない。
「いや、昨日夜食べてないから……」
「それはダメじゃないですか? ご飯はちゃんと自炊してますか?」
俺は思わず視線を外してしまう。俺が作れる料理なんて、カップラーメンくらいだ。
「もちろんだよ。お湯くらいは入れれるからな」
「お湯!? ですか」
目の前の美由はお湯を使った料理を考えているようだった。
「じゃあ、湯豆腐とか、お味噌汁とか……あるいは……」
「まあ、そんなもんだな」
もちろん、湯豆腐なんかも作れるわけがない。味噌汁なんてもっての他だ。
「そっか。じゃあ、もう少し献立が増えるようにレシピを用意しておきますね。そのまま作るだけですから簡単ですよ」
「あっ、ありがとう。さすがは友達だよな」
「もちろんです!!」
なんか凄く力が入っているような気がした。
「そう言えば、大丈夫ですか? 朝ごはんもその調子じゃ食べてないでしょうし……」
「うん、だからコンビニでパンでも買って行こうと思ったんだよ」
「そうですか。なら、そこの公園で少し休憩して行きませんか?」
「はい!?」
「コンビニのパンでは栄養が偏ります。幸い作りすぎちゃったので、今日は弁当を渡すつもりでした」
ただの友達に弁当を作るものなのか。
「悪いから、いいよ。多分、昼休みまではなんとか持ちそうだから……」
流石に彼女でさえないのに、弁当なんて受け取れるわけがない。俺は丁重に断り、学校に向いて歩き出そうとした。
「キュルキュルキュルキュル……」
腹の虫よ、頼むから空気を読んでくれよ……。美由の方を向くとクスクスと笑っていた。
「ダメですよ。これは友達の命令です。ほら、来てください! お弁当を食べますよ」
結局、俺は公園のベンチに腰掛けて、美由の弁当を食べることになった。
「うわっ、凄いよ! 料理上手いね」
「褒めてもらう前に食べてくださいね」
俺は目の前のタコさんウインナーに手を伸ばす。うん、うまい。こっちのだし巻き卵はどうだ。甘すぎず辛すぎない。お茶も用意してくれてたのか、横に置いて俺が慌てて食べ喉に詰まらせた時に、はいと渡してくれた。結局、俺は十数分で弁当一人分をたいらげてしまう。
「凄い美味しかったよ。将来、こんな料理を毎日食べられる旦那さんが羨ましいよ」
「えっ、そうかな。それはちょっと嬉しいかも……」
なんとなくはにかみながら俯きかけんで、美由はそう小さく呟く。褒められて喜んだだけだろう。それから美由は暫く考えて、こちらを見た。
「じゃあ、明日からも作ってきていいですか? 今日は朝ご飯になっちゃったけど、お昼の弁当として……」
「えっ、それは悪いよ。俺……、彼氏でもないしさ」
「だから、将来の練習ですよ。……練習に付き合ってくれませんか?」
上目遣いで見てくる視線に俺は弱い。過去に痛い目を見てるのに、本当に学習しないよな。
「分かったよ。料理の上達のためだったらいいよ」
「やった! じゃあ、明日からも弁当よろしくお願いしますね」
嬉しそうに笑う美由の姿に俺も嬉しく思った。
弁当を食べ終わり、少し歩くと美由は距離を取った。高校では他人のふりをすることに美由も納得してくれてるのだろう。そのまま、美由が先に正門をくぐり少し遅れて俺がくぐった。
「あれ?」
教室に入ると美由の席を取り囲む男子生徒の数が明らかに減っていた。どう言うことだ? 理由を知りたかったが、流石に美由に聞くわけにもいかない。そう思って、鞄から筆記用具を取り出そうとした瞬間、後ろから強く肩を叩かれた。
「はい?」
俺が振り返ると後ろの席の人懐っこそうな男子がニッコリと笑っていた。
「ああ、初めましてだよね。ごめんね。柏葉くんは昨日さっさと帰ったから知らないと思ってね。君なら知りたがるかなあ、って思ったんだけどさ」
「君は?」
「あー、俺は一ノ瀬悠一だよ。俺は応援団的立場かな」
「応援団?」
「いや、まあ……今はそれはどうでもいいよ。それよりあの後、我先にと、クラスのイケメン達が結城さんに友達からでいいからと交際を迫ったんだよ」
確かに美由が走ってくるまで、少しタイムラグがあった。そうか、美由の性格なら全てオッケーして俺の元に来たんだろうな。
「で、みんなと友達になったと」
「なら、面白くもなんともない」
「違うのか」
「全員の前でごめんなさい、と頭を下げてそのまま逃げるように帰ったんだよ。だから、彼女がお友達になりたいと言った男子は結局君一人だったってわけ……」
俺はチラリと美由の方を見ると、美由は俺から慌てて視線を外した。どう言うつもりなんだよ。
「で、君はどうするのかな? もしここで結城さんの友達になったら、君への風当たりは相当なものになるだろうね」
本当に面倒なことを持ち込んでくれたもんだ。できれば、お友達は無かったことにして欲しいもんだ。
そう思ってると美由がこちらに話しかけてきた。
「柏葉くん、ちょっといいかな?」
「あっ、ああ」
「あのね、少し考えたんだけど、他の人も断ったのに、柏葉くんだけ友達になったら、ややこしいよね。だから昨日のは、なしにしとくね」
そう言ってそのまま、席を立ち教室を出ていってしまう。えっ、嘘……、弁当まで作ってくれると言ったのに、やはり周りの険悪な雰囲気を見て思い直したのか。
美由が出て行って少し経ってクラスのイケメンたちから、よっしゃあと喜びの声が上がったのは言うまでもない。
本当に人の不幸は蜜の味だよな……。
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