第46話
ライブの全プログラムが終了し、参加バンドと一部のお客さんを連れて打ち上げをする事にした。
流石に打ち上げには三谷さんが参加する事は無かった。
だが、別れ際に少しだけ話しをする事が出来た――
◇ ◇ ◇
ボウルの控え室からステージへ向かう通路。
「今日は楽しかったよ。何か自分も若返った気になったわ。保科君はもうバンドやらないの?」
清々しい笑みを浮かべた三谷さんが僕に尋ねてくる。
その質問に少し悩む表情をした僕だったが、返答は決まっていた。
「多分、やります。もう一回ゼロからスタートですけど……。今度は三谷さん達に追いつける所まで行こうと思ってます」
答えた際には迷いの無い口調だったと思う。
「プロ志望になったのかい?」
少しからかうような口調で再び三谷さんは尋ねてきた。
「そこまでは考えてないですね。けど、今より上に行きたいです。……何か、悔しいですから」
三谷さんは笑って――
「それでいいんじゃねぇの?プロとかはあくまで結果でしかないし、結果を求めて音楽やるのも馬鹿馬鹿しいし。やりたきゃやって、やめたきゃやめる。そういうスタンスが本当の意味での音『楽』なのかも知れないしな……。俺達がやってるのなんて所詮、音『学』じゃないからさ……」
「……?そうなんですかね??」
正直、僕には三谷さんが何を言っているのかよく分からなかった。
それこそ、何が『音楽』か、なんて大それた事は僕ごときに分かる筈も無い。
ただ、今は止める気になれない。
そんな単純な想いこそが僕がバンドを続けたい理由だ。
◇ ◇ ◇
僕の回想から、話を戻して打ち上げ会場。
なんて事のない大手チェーンの焼肉屋。
二十人程の人数で賑やかに騒いでいた。
僕も数名の人達と、比較的大人しく話をしていた。
そんな中、池上が近寄ってくる。
「なんで三谷さんが来る事教えてくれなかったんだよ。すげー緊張したぞ」
「正直、本番まで来てくれるか不安だったんだよ。それに、池上が驚くところも見たかったし」
僕は意地悪く笑った。
「……しかしさぁ、今回の事とか考えると今のバンド、ここで終わらせちゃうのマジで勿体無いよなぁ……!!っと、すまん」
池上はしまった!という表情をする。
だが、僕は静かに返答した。
「もう、その話は無しで。それに僕はやめないよ。もっと上に行く……つもり」
「……へぇ」
池上は少し驚いた様子で答えた。
◇ ◇ ◇
打ち上げも終わり、僕等コムのメンバーはいつものファミレスに行こうという話になった。コムのメンバーだけで。
ファミレスに着いた僕等は、いつものようにドリンクバーを頼んだ。
「何か結局、最後もここってのがウケるよね」
「いっつも、ここだったしな」
木田は少し呆れた感じだ。
「でも、何か落ち着く。次がありそうで……」
姉御がそう言うと、皆暫く黙り込む。
「別に今生の別れってワケじゃないんだから、深く考えるのは止そうよ。ここまで楽しくやってこれた事を祝おうよ」
僕の言葉に皆は何かに気付いたかのように空気を変えようとする。
「そうだね、ごめん。変な事言っちゃった」
姉御は苦笑いを浮かべ、頭を下げた。
「そうだよな。皆、まだ会えるもんな」
木田も笑う。
「うん」
僕も笑顔で応えた。
◇ ◇ ◇
小一時間程、思い出話等をして、僕等コムのメンバーはファミレスを出た。
木田が宮田を家まで送るというので、僕と姉御は途中から二人で帰る事になった。
ここのところ姉御と行動する事が多くなっていた為、随分と親しくなったとは思うが、今日は何を話していいか分からなかった。
僕達は少しの間、無言で歩き続けていた。
「……僕は上手く出来てたよね?」
僕は、呟くような小さな声で尋ねた。
「ん?」
急な言葉に姉御は怪訝そうに僕の顔を覗き込む。
「二人を送り出したり、二人を祝う役をさ……」
「どういうこと……?」
「不安なんだよ。結局は、僕自身、どこまで割り切れてるのかいまいち分からないままだ。最後のサプライズだって、二人へのあてつけがましい嫌味に見えちゃう可能性もあるかなって、考えたりさぁ……」
「本当に……考えすぎだよ」
姉御は僕を慰めるように優しく言う。
「何だか……結局、全部無くなっちゃったなぁ……」
そう言いながら僕は立ち止まる。
「すっごく、楽しかったんだ。だから本当はもっと……」
自分の瞳から、液体が溢れ出て来るのを感じる。
ずっと我慢していた……。
何時からか憶えていないけれど、ずっと……。
目頭が熱い。
堪えていた色々な感情が噴出してくる。
人前で見せるつもりは無かったのに……。
僕は、目を手で覆い、上を向く。
少し震えた声で、姉御に「先に行って」と言った。
情けない自分を見られたくなかった。
その直後、肩から首の後ろ辺りに掛けて暖かさを感じた。
目を閉じているので、よく分からないが、姉御が肩を抱いているような体勢になっているのだろう。
「よく頑張ったよ……保科は」
姉御の声が耳元で聞こえる。
「そう……かな?」
「うん」
「……ありっ……がっとう」
恥ずかしいとは思いながらも、感情を抑えられない現状と、暖かい心地よさに包まれていた為、動く事が出来なかった。
暫くして姉御が言葉を発する。
「保科は、まだバンド続けるつもりなんでしょ?」
その言葉を聞いた僕は、静かにゆっくりと目を覆っていた手を離す。
姉御も僕の肩から手を離した。
僕はまだ赤い目で姉御を見て――
「続けるよ!もっと上を目指す!」
そう言った僕の目を見て姉御は真剣な表情の後、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべ――
「そう……それなら、ドラムは探す必要は無いよ。あたしがやるから」
◇ ◇ ◇
姉御と別れ、僕は寮の自室に着いた。
部屋の鍵が開いていた為、池上が先に帰っているのが分かった。
「ただいま!」
「おう、意外と早かったな」
池上はいつもの椅子に座り、珍しく本を読んでいた。
「そんなに遅くまではやってないよ。明日学校だし」
「まぁ、そうか。バンド解散の理由が大学受験だもんな」
その言葉が少し癇に障り僕は池上を睨む。
「いやいや、皮肉とかじゃなくてさ。先の人生を考えたら重要な事だと思うし、それはそれで本当に大切な事だと思うんだ」
池上は弁解じみた説明をする。
「要するに、何が言いたいの?」
僕が不機嫌な感じで質問すると――
「うーん。つまり、そうだな、その……そういう局面に置かれても、保科はバンドを続けたいって思ったワケだろ?」
「ん?まぁ……ね」
何言っているんだ?と思いながら、首をかしげる。
「その本気度から考えてみて…………一緒にバンドやらないか?」
「はっ?」
あまりにも突然で脈絡の無い会話に驚かされた。
「っていうかさ、難しい事は抜きにして、お互いバンドが無いなら一緒にやろうぜっ!ていう話だ」
「池上は僕なんかでいいの?」
「保科は上手くなったよ。今日、一緒にステージに立ってみて分かった。正直、ここまで出来るようになってるとは思ってなかったからな。すまん」
頭を下げる池上を無視して――
「僕、プロになるとかは全然考えてないよ?」
「関係無い。俺はインスピレーションを信じるよ」
「何それ?」
僕は思わず笑ってしまい、池上も続いて笑った。
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