第2話


 新学期が始まり、気が付けば高校二年生になっていた。


 僕の通う学校は三年間クラスメイトの入れ替えが無い。

 気楽でいいのだけれど、なんというか、目新しさに欠けるのも確かだ。

 人の入れ替わりは無くとも、教室は変わり、新たな自分の席の寝心地を確かめるべく、僕は腕に蹲り寝ている。


 「おはよう」


 僕に女子生徒が声を掛けてくる。

 彼女は高校になってからの友人、宮田みやた みやこ


 宮田は一年の時に席が隣だった為よく話をした。

 宮田も色んなジャンルの音楽を聴いているので、多少は音楽の話が出来た。

 今も音楽の話が出来る数少ない友人の一人ではある。

 当然、『音楽の話が出来る』という意味でだ……。

 僕にもそれなりに友達はいる。

 少ない方かもしれないけど……。


 僕は気怠そうに顔を上げる。


 「おはよう」

 「どう?池上君とは上手くやっていけそう?」

 「うん。いい奴そうだし、音楽好きだしね」

 「それは良かったね」


 そこで僕は思い出す。


 「そういや、宮田って池上君と知り合いだって言ってたよね?」

 「特に仲がいいって訳でもないけど……。同じ中学校だったし……」


 僕から目線を逸らし、少し表情を曇らせる宮田。

 そんな様子を特に気に掛けるでもない僕は話を続けた。


 「池上君にライブ誘われたんだけど一緒に行かない?」


 そう言うと、宮田は少し戸惑う。


 「う~ん。いいけど、いつ?」

 「今週の土曜日」



  ◇  ◇  ◇



 僕は宮田と共に人生初のライブハウスに到着する。


 「ボウル、ボウルっと、ここだね」


 僕はチケットに書いてある不親切な地図と看板を照らし合わせながら確認する。


 何だか二人で行動するというのは、それはそれで年頃の男女としては意識してしまうものなのかもしれないけど、今の僕にそういった感情が生まれてこないのは宮田に対して失礼に当たるのだろうか?

 逆に宮田はどう感じているのだろう?などと、少しは考えながら、ライブハウスの中へと入る。



  ◇  ◇  ◇


 

 こういった場所は初めてなので、正直……少し怖い。

 地下へ降りる階段、黒塗りの壁、そこに乱雑に貼られたポップ類。

 不良の巣窟をイメージさせる風貌で思わず萎縮してしまう。


 受付と思われる場所で、派手な装いの女性にチケットを渡し半券を返して貰った。


 受付の先の、重そうなドアを開けると、ライブを観に来た客と思われる人たちが集まっていた。

 外の様相とは異なり、僕達と同じ年頃の人達や、見た事のある人も居て少し安堵した。

 彼等はバーカウンターのような場所で、飲み物を片手に談笑している。



 「そういえば受付の人がワンドリンクがどうとか言ってたっけ?」

 「あそこで注文すれば良いんだよ」


 宮田はバーカウンターのような場所に向かい、店員の人に半券を渡し飲み物を注文する。

 僕もそれを真似てコーラを注文すると、紙コップに入れられたコーラを手渡された。


 「宮田、慣れてるの?」

 「慣れてるわけじゃないけど、初めてじゃないから」


 大した事では無いが、少し羨望の眼差しを向けてしまう。


 「あっ、そうだ。僕トイレに行ってくるね」


 僕がトイレに行こうとその場を離れた。すると――


 「あれ?宮田さん?」


 たまたま聞こえてしまったので振り返ってみると、見たことのある女性が宮田に話し掛けていた。

 その女性は、僕等のクラスメイトの三島みしまさんだった。


 確か、男子にもそれなりに人気のある娘だったと思う。

 まぁ、僕はあまり話した事がないので、無関心なのだが……それは相手も同じだろう。


 「宮田さんも来てたんだ」

 「あっ、うん。たまたま」

 「……ふぅん」


 と、どことなく和やかでない女子独特の雰囲気が感じ取れた。


 理由は分からないが、あまり良好な関係では無いのだろう。

 会話に入り辛い空気なので少し離れた所から様子を伺っていた。


 幸い三島さんは僕には気付いていないようだ。

 まぁ、気付いていたらどうという事もないのだが……。


 宮田は三島さんとの微妙な空気から逃げるように「それじゃ」と言って、僕の方に向かって来た。


 止めてくれ、僕はトイレに行きたいのだ……。

 とりあえず何か話でもした方が彼女の気も紛れるかと思い、宮田に尋ねてみた。


 「ライブってここでやるの?」

 「ううん、そこの扉の向こうがライブ会場」


 宮田が扉を指して言う。


 「ふぅん」


 僕は気の無い相槌を打つ。


 そんな会話をしていたら、僕はいきなり背中を叩かれた。

 驚きと尿意でちびりそうになる。


 「おっ、保科。本当に来てくれたんだ」


 振り返ってみると、髪の毛をセットし、厳つい格好をした池上君が居た。


 「あっ、池上君か。ライブの時そういう格好してるんだね。カッコイイ」


 正直、本心でそう思っていたかといえば微妙なところではあるのだが、社交辞令というのはどんな場所でも必要なのだ。


 「まぁ、一応ね。俺自身はあんまり格好は気にしてないんだけど、お客さん入れてやる以上は見た目も重要だから」


 池上君は宮田を見て、少し驚いた表情で――


 「あれ、宮田じゃん?珍しいな」

 「あっ、うん。保科君に誘われてね」

 「へぇ……そうなんだ。そういえば、お前はもうバンドとかやんないの?」

 「う~ん。今は考えてないかなぁ。実際、そんなに人前に立つの得意じゃないし……」

 「えっ?宮田ってバンドやってたの?」


 僕は驚いて宮田に訊ねた。

 初耳だったし。


 「少しね……。中学の頃に、ホントお遊びみたいな感じで……」


 そんな他愛も無い雑談を僕等がしていると、池上君はふとスマホを見る。


 「あっ、俺そろそろ戻るわ。今日はありがとな」


 そう言って池上君は去っていった。

 先の会話を聞いて気になった僕は――


 「宮田って、何の楽器やってたの?」

 「楽器じゃなくて歌」

 「へぇ、更に意外」

 「楽器とか出来ないから、たまたまそうなっただけ。中学の時に卒業ライブで池上君達と一回タイバンしてそれ以来やってないよ……あんまりいい思い出じゃないし」

 「タイバン?」


 僕は急に出てきた専門用語を聞き返す。

 その後の言葉も気に掛かったには掛かったのだが、まず出てきた意味不明な言葉に僕は気を取られた。


 「あっ、簡単に説明すれば、一つのバンドだけでライブをやればワンマン。複数のバンドでライブをすればタイバンっていうの。えーと、池上君とは別のバンドだけど、一緒にライブをしたっていう事」

 「あー、へぇ……あっそうだ、トイレトイレ」


 会話が一区切りついた所で、僕はトイレに行きたかった事を思い出して急ぎ足でトイレに向かった。


 用を済まし、戻って来ると――


 「そろそろ始まるみたい。皆、中に入っていってる」


 宮田はそう言って、僕を会場へ誘導する。


 「あっ本当だ」


 周囲の様子を見て、僕も宮田の後を付いて会場の中に入る。

 ライブ会場に入ると、ほとんど真っ暗でステージだけ、ぼんやりと薄暗い明かりが灯っている。

 演奏が始まっている訳でもないのに、大音量で音楽がかかっている。

 人は何人ぐらい居るのだろう?

 二十人?三十人?そんなところだろうか。

 狭い空間なので別段少ないという感じもしないが、もっとこう、ライブってホールとかスタジアムのイメージが強いので、その想像からするとだいぶ貧相だ。

 まぁ、素人のしかも高校生が出演するようなライブで数百人、数千人が集まるわけもないのだけれど……。

 それなのに何か息苦しい。

 基本的に僕は人混みが嫌いなのだ。

 今日もタイバンというヤツで池上君達の他に2バンド出るようだが、池上君達がトップバッターということで、それを観たら早々に立ち去ろうと思える程に居心地が悪い。

 来た事に軽く後悔を覚えるほどだ。


 そんなことを考えていると、まだ薄暗いステージの脇から池上君を含むバンドのメンバーが現れ、それぞれの自分の楽器の準備を始める。

 暫くして準備を終えた様子で、ボーカルのポジションの人が何か合図のような行動をした。


 先ほどまで掛かっていたBGMが止まる。

 そして、次の瞬間――


 演奏が始まり、照明が眩しい程にステージを照らす。それまで、流れていたBGMなど比べ物にならない程の轟音。普段なら耳を塞いでしまいそうな場面だが、そんな事が気にならなくなってしまった。

 当初は驚きもあった気がするが、慣れるにつれ心地好さを感じ始めていた。

 ステージの演奏と合わせて、僕は完全にその空間に魅入った。

 前列の人々は体を動かして盛り上がっていたが、僕はただただ制止してステージを眺めていた。

 おそらくは、感動に近いものだったと思う。

 自分自身よく分からないが……。


 結局、僕はその日の最後のバンドまで観ていった。


 ライブが終わり、家に帰る途中の僕と宮田。


 「やっぱり池上君、上手かったね」


 宮田は笑顔で話しかけてくる。

 まだ耳の中に残る轟音の為か、それ以外の要素かは分からないが、呆けた感じで答える。


 「うん……、想像してたよりもずっと良かった」


 そこで僕はなんとなく、本当になんとなくだが、今日のライブを観て生まれてきた発想を口に出してみた。


 「僕も楽器……初めてみようかな?」

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