うつろう権力

 数日後には侯爵達が国に帰った。カティアスは彼らと馬車に乗るのは気が進まないから馬で帰ると言っていた。


 私達は、さらに数日後に妃殿下達と一緒にグンネル国を後にした。王宮中の人達が妃殿下が去る事を残念がっていた。特にピケ王子は一緒に来ると言い張って、ランヒルド王子と言い争いをしていた。


「私達みんな、この旅で人生が変わったわね」


 ヴィオラの言葉に三人で頷き合い、私達はまたくだらない会話をしながら、馬車で自国に戻った。



 帰国してから、今までと同じ日常に戻るには少し時間がかかった。


 両親も兄も怪我をして戻った私を心配し、なかなか王宮に戻してくれなかった。こっそりヴィオラに手紙を書いて、ランヒルド王子の名前で早く戻るようにと催促をしてもらって、やっと侍女の仕事に戻る事が出来た。


 心配していた私の首の傷は痕が残らず綺麗に治り、妃殿下も喜んでくれた。実家に戻っていた侍女達も全員が戻ってきた。皆にお土産を渡し、荒くれ者に襲われた事件について私の代わりにヴィオラが架空の話を披露してくれた。


 妃殿下は今までと同じように、政治には興味が無さそうに美しい物を愛でて過ごし始めたけれど、政治の世界は大きく変わっている。


 国王陛下が体力の衰えを理由に退位を決めて、皇太子の即位が決まった。妃殿下が王妃になる準備で、私達の周りは慌ただしく落ち着かなくなっている。妃殿下が各所に送る挨拶状の全てを清書する為、私も今までない量の仕事をこなしている。


 カティアスによると、皇太子を中心に今まで不遇をかこっていた王族が発言権を強めているようだ。


「グンネル国との戦は起こらなかったけど、国内の勢力争いは複雑になってしまった。皇太子殿下と妃殿下が、この先どこまでの力を手に入れるか興味深いな」

「あなたも、その争いに興味があるの?」

「そうだな、少し違うが、この国と、うちの領地の未来には興味がある」


 カティアスの家は数カ所の領地を持っていたはずだ。


「この国の発展を望むなら、資源を活用して産業を盛り立てる必要がある。知っているか? うちの領地ではグンネル国に依存している資源の一部が産出される。あの国の採掘技術を学べば、外国への依存を減らすことも可能かもしれない」

「戦争の火種が減るということ?」

「簡単に言うと、そうだな。その実現に権力が必要なら手に入れたい。グンネル国の利益を大切にする妃殿下と敵対することになったとしても」


 政治の難しい事は分からない。でも、国と領地の未来を考えるカティアスの志は私の胸を打ち、素直に応援したいと思った。例え敬愛するスヴェアヒルダ妃殿下や、ヴィオラが愛するランヒルド王子と袂を分かつ事になったとしても。


 ヴィオラといえば、王子の結婚は本当に実現した。でも、エゼキアス様の家への配慮もあり、二人はささやかな晩餐会を催しただけで結婚の披露を済ませてしまった。今まで通り王宮内で暮らし、ヴィオラは侍女も続けている。


 エゼキアス様は、健康上の理由で近衛兵を退いた事になっている。娘が全て嫁いでいた彼の家は、エゼキアス様の廃嫡と共に父親が爵位と領地を返上し、実質的には消えることとなった。エゼキアス様が今どこで何をしているのか、⋯⋯生きているのかどうか、私達が知る術はない。


 王宮の私の部屋には、頻繁にカティアスが訪問するようになった。約束が無くても通して良いと伝えたけれど、未だに下女はカティアスを警戒している。以前の私はカティアスを見て悲鳴を上げた事があるし、彼も無理に部屋に押しかけて下女を怖がらせた過去があるのだから仕方ないだろう。


 今日も予め迎えに来ると伝えておいたのに、下女はカティアスの訪問に少し緊張した顔を見せた。カティアスの方も、下女に遠慮して以前のような硬く冷たい顔で入ってくる。


「支度は出来たか?」

「うん、出られる」


 私が笑顔を向けると、少し安心したように笑顔を返してくれた。


 今日は休暇をもらっている。同じく休暇を取ったカティアスと共に、招待を受けた屋敷に出かける予定だ。二人で馬車に乗り込む。


「ちょっと緊張する」

「そうだな」


 頭の中を色々な思いが巡って落ち着かない。私はカティを抱きしめる。そんな様子を見て、カティアスも声を掛けずに静かに黙っていてくれる。


「あれ?」


 急に違和感を感じて、彼の上着を掴んだ。


「え、何だ?」

「違う! 今日はお父様の香りがしない!」


 カティアスは私の手から上着を引っ張って離すと、少し気まずそうな顔をした。


「今日は、あの香水を付けていない」

「え? どうして!」


 私はもう一度、上着を握って香りを吸い込んだ。紅茶のような、落ち着いた香りがする。良い香りだけど父とは違う。


「君に近寄る度にお父様と言われるから、えっと⋯⋯、御父上じゃなく俺と一緒にいると思って欲しくて」

「え?」

「駄目かな。嫌われていた頃を思うと欲張りな願いだとは思っているけど」

「駄目ではないけど」


 こういう緊張する時には父の香りを吸い込んで安心したかったのに。不満そうな私の顔を見て、カティアスは緊張した顔で大きく息を吸い込んだ。


「俺の香りも好きになってくれないと、やだ、やだ、やだ」


(お父様の真似!)


 真っ赤な顔で言う彼が可愛くて、私の不満は吹き飛んでしまう。


「上手くなったのね。そんな事を言われてしまうと、その香りも好きになるしかないじゃない」

「そうか、良かった」


 さっきまでの緊張が嘘のようだ。少し気分が軽くなったところで、目的地に到着した。人がほとんどいない大きな屋敷の中を案内される。カティアスの後ろを付いて歩き、大きな扉の前で立ち止まった。覚悟を決めて何度か深呼吸をする。

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