政治的な決着
馬車に乗った時から体がだるいとは感じていた。色々な事があって疲れただけだと思っていたら、どんどん具合が悪くなりグンネル国の王宮に着く頃には、高熱が出て意識が朦朧としてしまった。きっと、鼓動がおかしかったのは気持ちのせいでは無い。
「おい、急げ!」
王子が何やら慌てて人を呼んでいるのを最後に、意識が途切れてしまった。
そのまま寝込んでしまったらしく、目が覚めた時には三日経っていた。首の傷が熱を発し、そのせいで体力を奪ってしまっていたそうだ。その後もヴィオラが過保護に私の行動を制限するので、やっと外の空気が吸えるほど回復した時には、事件から十日も経っていた。
「ちょっと、あまり動くと首の傷がまた開くわよ」
「むずむず痒いの。我慢するのが大変なの!」
「治りかけてるって事でしょう。⋯⋯きちんと治さないと痕がひどくなってしまう」
「でもほら、痕が残ったら王子が高い首飾り買ってくれるって言ったじゃない」
「そうだけど⋯⋯」
「髪型とか服装でも隠せるし、私は気にしてないの。本当よ?」
ヴィオラは自分が巻き込んだと、まだ悔やんでいる様子だけど、私は自分の浅はかな恋心が原因だったと自覚している。これはその罰だ。命を失わなかっただけ幸運だった。
私の怪我は、町の荒くれ者の喧嘩に巻き込まれた事故とされた。ウルス国には行っていないし、侯爵達の事なんて何も知らない、そう振る舞うように王子から指示を受けた。
「エゼキアス様、どうなるかな」
「そうね⋯⋯国王陛下次第なのかな」
私が寝込んでいる間に、エゼキアス様は罪人として国に送り返された。近衛兵の殺害だけが彼の罪となっている。グンネル国が裁くべき犯罪は無いので、この国での拘束は必要無いと判断されたらしい。
近衛兵の殺害は重罪だ。通常であれば死罪を免れない。でも、彼はミントン侯爵や国王陛下が関わる陰謀についての詳細を知っている。それが幸いして命を拾うのか、逆に裁判を受けることなく不幸な事故として闇に葬られるのか、ランヒルド王子にも分からないそうだ。
拘束された時には饒舌に妃殿下の魅力を讃えていたエゼキアス様だったけれど、帰国する時にはもう木偶人形のように何事にも無関心になり、食事すらまともに取らなくなってしまったそうだ。
「エゼキアスをこの作戦に選んだのは僕だ。ミントン侯爵に懐柔されている恐れが無くて、兄や妃殿下に忠誠心が厚そうだと思って選んだ。妃殿下にだけ異常な忠誠心を抱いていると見抜けなかった僕の失敗だ。ジェルマナの気分を盛り上げる為に選んだわけじゃないからな」
王子はそう言ってくれたけれど、私の罪悪感が薄れることは無かった。エゼキアス様はこの旅に同行しなければ、今も近衛兵として王族に仕えていたはずなのだから。亡くなった近衛兵から受けた、旅の途中での、この国の町歩きでの、数々の親切を思い出して胸が苦しくなる。
濃い緑の香りを乗せた風が吹き、重苦しい気持ちを少しだけ軽くしてくれる。バルコニーは程よく日陰になっていて、このままここで微睡んでしまいたくなる。私は手すりに腕を乗せて体重を預けた。
部屋の扉を叩く音が聞こえ、ヴィオラが部屋に戻る。きっと王子だろう。
「ふふふ。ヴィオラ幸せそう」
ランヒルド王子とヴィオラの事を、妃殿下は心から祝福してくれた。妃殿下はすぐに皇太子殿下に手紙を書いて送り、国に戻り次第、話を進められるように手配してくれた。私がうつらうつらする枕元で、二人が私には分からない駆け引きをしながら、でも仲睦まじく話していた事を知っている。
(私が聞いてたなんて、二人は気がついていないんだろうな)
思えば、私の命を救うためにヴィオラが取った行動が王子との仲を進展させた。ここまで来て危ない目にあったのも無駄じゃなかったと思える。
カタンとバルコニーの扉が開く音がした。ヴィオラと王子だと思って振り向きもせず、ぼんやり景色を眺めていると控えめに呼びかけられた。
「ジェルマナ」
「え?」
扉に手をかけたまま、不安そうな顔をしているのはカティアスだった。
「どうして、ここに! もう釈放されたの?」
「体調は? 首の傷は大丈夫か?」
「うん、もう平気。それよりも、あなたは無罪放免?」
「ああ、そうだ。詳しい経緯は知らされていないが、グンネル国王と妃殿下、ミントン侯爵の間で話がついた」
「どうなったの?」
カティアスは扉を閉めると、私の隣に立ち同じように景色に視線を向けた。
「グンネル国は、今までよりも少しだけ我が国に有利な条件で資源の取引を続ける。サーレス国との取引をしようとしていた事を、我が国は不問に付す。そして、ミントン侯爵が仲立ちしたサーレス国との取引は存在しなかった事になった。サーレス国側も、署名が無い書類に気がついた時点で、取引は失敗と判断しているだろう」
「え? 侯爵は無罪?」
少し困った顔をして私を見る。
「皇太子殿下は、恐ろしい人だな。国王を退位させて王位を継ぎ、邪魔な侯爵を手駒のように使うことが狙いだったんだろう。それは成功した」
「ミントン侯爵の罪を見逃す代わりに、思い通りにするの?」
「そういう事だ。派閥間の均衡を崩すと国内に混乱を招くだろう。恨みも買うし、アニス公爵側が大きすぎる権力を握ってしまう。それを防いだ上で、自分達が国で最大の力を持つことになる。ミントン侯爵が皇太子殿下に従う以上、アニス公爵側も、おいそれとは強く出られない」
「あの書類がある限り、ミントン侯爵は皇太子殿下に従うのね」
「恐らく」
私には話が大きすぎて、分かったような、分からないような、何だか混乱する。
「あなたも罪に問われないということよね?」
「ああ、ミントン侯爵はウルス国に新たな資源の可能性を求めて視察に来たことになっている。資源を取り扱うアデルバード伯爵と俺がそれに同行した。そのついでに妃殿下のご機嫌を伺いにグンネル国に立ち寄った。ただそれだけだ」
「良かった⋯⋯」
私が大きく安堵の息をつくと、カティアスが私に向き直った。
「伯爵は、君と結婚出来る状況を作れなかった。君の御父上に関わる事も、この企みが上手く行く前提での話だったんだろう。恐らく、俺をアニス公爵側の裏切り者に仕立て、その縁に連なる君の家を助けるという名目で、君との結婚を進めようとしていたんだと思う」
「王子も、おなじような事を言ってた」
「⋯⋯今となっては、君の家と伯爵が縁をつなぐのは難しいだろう。伯爵の事はあきらめろ」
「え?」
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