ヴィオラの作戦

「カティアス様からの返事でございます」


 夕食も済んだような遅い時間の訪問者は珍しい。驚く私に手渡されたのは、つい先ほど送ったばかりの手紙の返信だった。カティアスの家の使用人は、いつも私に親切に接してくれる。嫡男の婚約者、将来の自分たちの女主人になるかもしれない人物。この使いの少年も身内に接するような親しみを向けてくれる。


「こんな時間にお手間をお掛けしてごめんなさい。確かに受け取ったとお伝え下さい」


 少年は少し困った顔をして、扉の前で居心地悪そうに身をよじった。


「あの、不躾なお願いで恐縮でございますが、この場でジェルマナ様の返答を頂くよう言いつけられております」

「そうなの。少し待ってね」


 この季節は日が落ちると冷える。赤くなった手が気の毒で、過分なもてなしではあるけれど、居間に通して下女にお茶の支度をさせた。必死に固持する少年に、せっかくの婚約者からの手紙をゆっくり読んで、ちゃんと返事をしたいのだと伝えると、素直な少年は嬉しそうにまた身をよじった。


 私がいては少年がくつろげない。下女に、お菓子を出してしばらく相手をしてやるよう指示してから、私は手紙を持って書斎に入った。


「ずいぶんせっかちね」


 私が送ったのは、先日はせっかく来てくれたのに疲れていたから、心がこもった応対が出来ずに申し訳なかったという謝罪と、改めて話をしたいから日を改めて交流の場を持ちたいという提案。気兼ねなく話したいから私の部屋にしたいと伝えた。


 全く申し訳ないと思っていないけど、月に一度の交流すら渋っていた私が急に会おうだなんて不自然過ぎる。去り際に叱責を受けた私の態度を反省したという体であれば自然だと考えてのことだった。


 手紙を開くとカティアスらしい几帳面な文字が並ぶ。そこには、私の都合も聞かず押しかけた上に、責めるような言葉を投げた事に対する謝罪があった。そして、訪問の日について提案されていた。


「えっと、早いほうがいいわよね。それなら3日後がいいかな」


 私は日を選んで返事の手紙を書いた。もしかすると、先日のやりとりを下女がカティアスの家の誰かに報告したのかもしれない。両親から叱責を受けたカティアスは失敗を取り戻そうと、早々の訪問を希望したのだろう。


(面倒だけど、エゼキアス様との婚約の為なんだから我慢しないと)


 そろそろ、使いの少年の体も温まっただろう。居間に戻り、残りのお菓子を包んで返事と共に持たせてやった。少年は手紙を大切そうに胸のポケットにしまうと、丁寧に礼をして帰って行った。


 翌朝、ランヒルド王子から次のお茶会の指示を受けた後に、ヴィオラにカティアスの訪問日を伝えた。それには、ヴィオラ以上にランヒルド王子が興味を示した。


「その話は進んでないのかと思った。協力してやるって言っただろう。僕を仲間はずれにするなよ」

「あら、本当に殿下のご協力を得られるんでしたら、ぜひお願い致します」


 ヴィオラは平然とランヒルド王子に指示を出し始めた。それにランヒルド王子が注文を付け、あっという間に二人で計画を立ててしまった。


「分かった? ジェルマナ。ちゃんと出来る?」

「うん、分かった」


 ぎゅっとカティを抱きしめると王子が嫌な顔をした。


「その気味悪い人形は、カティアスの目につかない所に放り込んでおけよ?」

「気味悪いって言わないで下さい!」

「だって、何か魂が宿っていそうじゃないか」

「宿ってます! ちゃんとカティには心があります!」

「うえー、やだやだ」


 そこまで毛嫌いしなくてもいいのに。ヴィオラは計画に満足しているのか、ひどく機嫌が良さそうな顔をしていた。



「お越しになりました」


 下女がカティアスを居間に通す。残念ながら私の部屋に客間はない。書斎と居間、お手洗いと浴室を備えた寝室、小さな衣装部屋で全て。まあ、実家に比べると狭くて不便だけど快適に暮らしている。


 せめてもの気持ちで少し華やかな花を飾らせた。初めてカティアスとヴィオラが話すのだから、少しでも良い雰囲気を作っておきたい。


 ぎこちなくカティアスが部屋に入り、硬い顔で挨拶を交わす。手紙では多少は優しい様子が見えたけれど、やっぱりカティアスは変わらない。ヴィオラの指示通り、途切れ途切れに会話をつなぐ。


(早く来て!)


 会話が続かなくなってカティアスが帰ると言い出したら作戦失敗だ。私はいつになく、懸命に会話の糸口を掴もうと努力した。珍しく、カティアスもそれに応えようとしてくれる。


――コン、コン


 扉がノックされ下女が遠慮がちに顔を出した。


(来た! 遅いよ!)


 下女が告げたのは予定通りの、ヴィオラとランヒルド王子の訪問だった。カティアスに告げると彼は慌てて居住まいを正して立ち上がった。ランヒルド王子は彼にとって最大の敬意を払うべき対象だ。


「ジェルマナ、すまない。急なお願いがあってね。今日は休みだと聞いていたけれど、迷惑を承知で押しかけてしまった」


 カティアスへの挨拶もそこそこにランヒルド王子は切り出した。


「妃殿下からの大切なお願いだから、場所を変えて話せるかな」


 王子が書斎に視線を送ると、カティアスが慌てたように帰ろうとした。


「いや、せっかく婚約者に会いに来たんだろう。すぐにお返しするから、少し待っててくれ。⋯⋯そうだな、ヴィオラ。その間、カティアス殿のお相手をお願いできるか?」

「承知いたしました」


 神妙にヴィオラが畏まり、私とランヒルド王子は書斎に入った。


「殿下、遅いです! 話が続かなくてカティアスが帰ってしまうかと思いました」


 二人になるなり訴えるとランヒルド王子は楽しそうに笑った。


「何だ、冷たい仲だというのは本当なんだな。君は誰とでも上手くやるのに、どうして婚約者とだけは駄目なんだ?」

「それは⋯⋯楽しい話ではありません。お耳を汚すだけのつまらない話ですから」


 王子は私を書斎の椅子に座らせ、自分は行儀悪く机に浅く腰かける。


「どうせ、ヴィオラが満足するまで、ここにいなきゃならないんだ。聞かせてよ」

「本当にお聞きになりたいですか?」

「ああ、聞きたいね」


 私はカティアスの目に付かないよう、書斎の引き出しに入れておいたカティを取り出すと、ぎゅっと抱きしめた。


「ほんっとにその人形、カティアスにそっくりに作られてるな。カティアスの顔を見て笑いそうになったよ」

「似てるのは見た目だけです。心は全然違います」

「はあ? 僕には全く理解出来ない」


 私はカティの服装の乱れを直してやった。

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