お茶会の大乱闘

「お茶会、今日は早めに終わったね」


 深呼吸しながら隣を見ると、ヴィオラが空に向かって腕を伸ばし、体をほぐしていた。私も真似して腕を伸ばして左右に体を振った。背骨がポキリと音を立てる。まだ激しい動悸が収まらない。


「あんな闘い初めて見た。美しい人ほど情念がこもった恐ろしい顔が似合う気がする」

「分かる、分かる。どこかの廊下にあんな絵が飾ってあってもおかしくないよね」

「何だか私、夢に見そう」


 顔に掛かった蜂蜜色の髪が黄金のように輝き、隙間から覗く瞳は血走って真っ赤な宝石のよう。その全てを焼き尽くしそうな視線を、顔色を失った青白い顔で受け止める女性。美しく整った顔は掴みかかる女性の顔とは対照的に氷の彫像のようだ。しかし、その彫像は殴られた唇から流した血でべたりと汚れている。


 些細なきっかけで始まった。揃って公妾を務める姉妹に招待されたお茶会は和やかに始まった。しかし、もしも皇太子の寵愛を受けられるとしたら姉妹のうちのどちらか。彼女達の兄が持ち出した不用意な話題は、常日頃から仲が悪かった二人の確執を露わにしてしまった。


「お姉様はもう、殿方を夢中にさせるには年齢を重ねすぎているわ。殿下のことは私に任せて、ご自分は新しい結婚相手をお父様に見つけてもらえばいいのよ。今ならまだ、引き取ってくれる物好きも見つかるでしょう」


 気の強い妹の嘲りを姉は受け流すことなく正面切って応戦し、慌てた兄の取りなしも空しく、周囲を巻き込んでの大乱闘となった。


 ヴィオラと私は隅で高級なお茶を手に観劇のつもりで眺めていた。


「ごめんね、せっかく来てくれたのに。本当は、僕が君達と仲良くなりたかったから姉さん達に頼んで招待してもらったんだ」


 焼き尽くす炎のような姉とそっくりの容貌の男性が声をかけてきた。私達と年齢が変わらないくらいだろう。この家は私達の家とは敵対している。少し警戒しながら曖昧な顔で微笑んだ。


「光栄です。私たち恋も知らないままで婚約者と結婚するのがつまらないと思っていました。こうやって、今までとは違う世界を覗いてみたら、少しだけでも恋の真似事が出来るんじゃないかと思って来てみたんですが⋯⋯」


(うわあ! 何なのヴィオラ!)


 顔を少し俯け頬を染めたヴィオラは私から見ても可愛らしく、声を掛けてきた男性は興奮気味にヴィオラを見つめた。私は、見てはいけないものを目にした緊張で息を止める。


「これに懲りずに、また招待したら来てくれるかな」

「あなたが、いらっしゃるなら」


 ちらりと男性に向けた視線には恋心が垣間見える。


(まさか、ヴィオラがこの人を?)


 動悸が収まらないまま、はち切れそうな笑顔の男性に見送られ、私たちは庭を後にした。王子に報告するため、皇太子妃の部屋に向かう。


 まだ腕を伸ばしたままのヴィオラは普段と同じヴィオラで、さっきの恋する女の子の顔はすっかり無くなっている。


「ねえ、さっきの男の人なんだけど。本当に恋しちゃったの? もう、カティアスのことは好きじゃなくなっちゃった?」

「何ですって?」


 ヴィオラは口をあんぐり開けて私を見つめた。


「まさか、さっきの演技を真に受けたんじゃ無いでしょうね。あんな、うだつの上がらなそうな男に興味無いわよ」

「だって、だって!」


 あれが演技だったというのか。ヴィオラが怖い。


「大丈夫よ。ランヒルド王子は、あなたにそういう演技力を求めていないから。それは私の担当。あなたは、いつも通りぼんやりと過ごしていればいいのよ」

「私の事、馬鹿だと思ってるでしょ」


 ヴィオラは、はしたないくらい声を上げて笑うと私をぎゅっと抱きしめた。


「察しがいいとは思っていないけど、悪く受け取らないで。私はあなたのそういう所が好きなのよ。小賢しく振る舞うあなたなんて見たくない」

「それって、褒められてる?」

「うん、褒めてる」


 何だか納得いかない。不満そうな私の顔を眺めて優しく言う。


「あなたなら、エゼキアスと上手くいくかもしれない」

「そういえば婚約者の交換って、どうするの?」


 計画を聞こうと思いながら日々の些末な事に埋もれてしまっていた。あれが冗談じゃないなら、両親やカティアスが結婚の話を具体的に進める前にどうにかしたい。


「エゼキアスとカティアス様の合意が必要でしょう。それには私達を知ってもらって、交換も悪くないと思ってもらう必要があるでしょう?」

「うん、そうね。カティアスとちゃんと話した事ある?」

「遠目に見かけたり、噂を聞いたりするくらい。だから、ちゃんと話をしてみたいと思ってる。あなただって、エゼキアスに憧れてるみたいだけど、まともに話した事ないでしょう」

「うん、恥ずかしくて話せないの」


 官僚のカティアスは王宮にはいるけれど、私達と接する機会は無い。でも王族の警護をする近衛兵のエゼキアス様との接点はそれなりにある。とはいえ私的な会話を交わすことは少ない。


「恥ずかしいねえ⋯⋯。慣れれば大丈夫よ。そうだ、今から行きましょう」

「え、どこに?」

「近衛兵の詰め所よ。婚約者の私がエゼキアスに会いに行くのは不自然じゃないもの。友人のあなたも連れてきたと言えばいいのよ」

「でも、ランヒルド殿下にお茶会の報告をしないと」


 ふふん、とヴィオラは笑う。


「今日の午後いっぱいはお茶会の予定だったでしょう。予定より早く終わったんだから、残りの時間は自由に使っちゃいましょ」


 何と大胆な。エゼキアス様に会える期待が後ろめたさを押しのける。私は大人しくヴィオラに従う事にした。

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