任された仕事

「ものすごく簡単に言うよ。ミントン侯爵家とアニス公爵家、この国の権力はこの二つの派閥で分けられている。それはもちろん知っているね?」


 当然知っている。王子は私達の表情を見て満足そうに先を進める。


「どちらから皇太子妃を迎えても諍いが起こる。それに、父は王権を強めたい。だから皇太子妃として外国からスヴェアヒルダ妃殿下を迎えた」


 確か妃殿下の出身国のグンネルは、領土は狭いけれど稀少な資源を産出する国だったはずだ。


「それぞれの派閥は、皇太子妃よりも早く男子を産ませようと公妾を送り込んでいる。でも、兄は公妾に手を付けていない」


 角が立たないよう、皇太子は表向きには公妾達の元を訪れているけれど、皇太子妃だけを特別な存在としている。生まれた子供は妃の子も公妾の子も同等に扱われて、外戚の家柄は関係無い。生まれた順に王位継承権が与えられる。


 今の皇太子の母は王妃だ。この王妃もどちらの派閥でもなく外国から迎えられ、国王は王妃が王子を産むまで、他の公妾に子を産ませなかった。公妾の後ろ盾による強い口出しを防ぐ事に成功した国王は息子にも同じ事を求めている。


 何となく知っていたけれど、改めて言葉にして説明されると非常な世界なのだと実感する。


「でも、父は失敗だと判断している。スヴェアヒルダ妃殿下が嫁いでもう三年経つけれど子を授かる気配が無い。両派閥は好機とみて、自分が後ろ盾となっている公妾に何とか子供を持たせようとする動きが激しくなってきている」

「増えに増えて、今や8人もいらっしゃいますわね」


 うんざりした顔でヴィオラがため息をついた。私達だって、自分の家が後押しする公妾に子供が生まれた方が家の利益にはなるけれど、侍女として妃殿下に肩入れする気持ちが強い。妃殿下の艶やかな姿を思い浮かべた。


「誰一人、皇太子のお心を掴めないのですから、それだけ妃殿下の魅力が素晴らしいということです」


 数多くのご令嬢の中から選ばれた公妾達は、美貌や教養、全てにおいて素晴らしい。でも妃殿下の侍女という立場を忘れて公平に見ても、妃殿下の美しさとあふれ出る魅力は桁違いだ。


「それが、いいことなのか悪い事なのか」


 ランヒルド王子は天井を仰ぐ。


「父はスヴェアヒルダ妃殿下を国に帰して、改めて他の国から迎えたいんだ。離婚出来ないという法律についても特例を設けるつもりだよ。貴族達も誰も反対しないんだから簡単に事が運ぶだろうな。でも兄が決して首を縦に振らない」

「公妾とその後ろ盾達がスヴェアヒルダ妃殿下を追い払いたい思惑と、国王陛下の思惑が一致しているのですね」


 なるほど。ヴィオラの言葉は私にも納得できた。次の妃を迎えるまでには時間がかかる。国王陛下が早いか公妾が子を産むのが早いか。そこの争いにはなるだろうけど、妃殿下を退けるところまでの望みは同じだ。


「国王が黙認したら、公妾達が妃殿下を退けようとする行動に歯止めが効きません。それを防ぐのが、私達の役目ですか?」


 私の質問に、王子はにっこり笑う。


「そうだ。僕はあくまで兄の意向で動く」

「でも」


 ヴィオラが顔をしかめて首をかしげた。


「この先も妃殿下が子供を授からなかったら? 皇太子殿下が公妾に子を産ませないままでいたら、それはそれで諍いが起こりますよね」


(???)


 ぽかんとした私の顔を見て、私に説明するようにヴィオラが続けた。


「ランヒルド殿下は妃を娶られていないですけど、お兄様方はたくさん子供をお持ちでしょう。それはそれで両方の派閥が何かと争っているじゃないですか。あ、確かジェルマナのお姉さんも、何番目かの王子の公妾として男の子を持っていたんじゃなかった?」

「えっと、ちょっと違うわね。うちは女の子は私だけなの。でもね⋯⋯」


 私は記憶を探って正確な事を思い出す。


「一番上の兄の奥さんの妹が、第四王子の五番目の公妾で、えっと、えっと、そう二番目の息子を産んだのよね。他にもそんな話があった気がするなあ」

「うちの家系にも、そういう話がある。だから、妃殿下に子供が授からない限り根本的には解決しないのではないですか?」


 とにかく、皇太子以外の王子にはたくさんの子供がいる。その母の家が入り乱れて王位継承の争いが激化するということだ。残念ながら、そういう争いの犠牲で幼くして亡くなる子供もいるとかいないとか⋯⋯胸が潰れそうな噂は多く聞く。


「その解決は別で考えている。君達は気にしないでくれ」

「そうですか?」


 ヴィオラは納得できない様子だ。


「あの、ランヒルド殿下はどうして結婚しないんですか?」

「え?」


 ずっと気になっていたから、不躾な質問を口にしてしまった。慌てて取り消そうとしたけれど、王子は意外にも少しはにかんだように笑ってくれた。


「醜い争いを見過ぎたせいかな。僕は理想主義者になってしまった。いつか僕だけの女性と心が通じると信じている。君達だってそうなんだろう? だから婚約者の交換なんて企んでいるんだろう」

「そうかもしれません」


 私は答えたけど、ヴィオラは皮肉が混じったような笑みを浮かべた。彼女がカティアスが好きだから結婚したいと言った気持ちは嘘なのだろうか。ヴィオラが好きになる程の接点があったとは思えないし、別の思惑があるのだろうか。


「おっと、続きはまた今度かな」


 王子の言葉と共に下女がヴィオラと私を呼びに来る。妃殿下の朝の支度が終わった。さて、今日の妃殿下は何をして楽しむ予定なのか。私達は慌ただしく立ち上がって控えの間を出る。


 数日後から、私とヴィオラは公妾達があちこちで催すお茶会や軽い夕食会に顔を出すようになった。我が家が属するアニス公爵家の派閥が後ろ盾となる公妾は、同じ派閥のよしみで妃殿下の弱みを探ろうとしてくるし、敵対するミントン侯爵家側の公妾は、私達を味方として懐柔しようとする。


 今まではできる限り近づかなかったけれど、王子の指示で公妾や周りの人間からの情報を得る役目を負って積極的に接している。


「侍女とか下女とか色々忍ばせたんだけど限界がある。君達にどういう取引を持ちかけるのか知りたかったんだよ」


 王子は私達を選んだ理由を説明してくれた。


「無防備なジェルマナには彼らも口を滑らしやすい。でも、逆に情報を取られる事が心配だから、しっかり者のヴィオラが一緒だと安心だ。君らは仲良しで有名だし、二人一緒に行動していても不自然じゃない」

「持ちかけられた取引は、どうすればいいですか?」


 まさか引き受けてはいけないだろう。


「ふわふわ曖昧に笑っておきなよ。ジェルマナ、困った時にはヴィオラに任せるんだ。君は大丈夫だろう?」


 王子の問いかけにヴィオラは自信たっぷりの笑みを向けた。私もヴィオラが一緒なら大丈夫だと思える。


「妃殿下から、君達を公妾と接触させる許可をもらってある。何か聞かれたら妃殿下には正直に答えて構わないよ。他の侍女には実家の意向と濁しておけ」


 妃殿下も公妾達の扱いには苦慮されている様子だった。彼らの思惑を王子に伝えて何かしらの対処をしてもらう事で、少しでも妃殿下の心痛を減らせると思えばやる気が出る。


(のんきに過ごさせて頂いた恩は、ちゃんとお返ししないとね)


 侍女を首になったら、すぐさまカティアスと結婚する羽目になるだろう。まだ詳しく聞いていないヴィオラの婚約者交換作戦が成功するまでは、この地位を保たなくてはならない。


 私は気を引き締めて、全力で新しい役目に臨むと決意した。人形のカティはつぶらな瞳で私を応援してくれている。

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