第5話 ボス戦

 タムタムが選択した穴を進んでいくと、ボス部屋の物とおぼしき荘厳な扉が現れた。

 扉の周辺で罠の可能性を探ったタムタムが、ライオット姫に振り返ると親指を立てて合図を送る。

 軽く頷くと、ライオット姫が扉の前に立つ。

 挑戦者を認めたかの様に、観音開きの扉が外側に開いていく。

 部屋に籠っていた闘気が外に流れ出し、ライオット姫のブロンドの長い髪を後ろに流す。

 戦闘開始とばかりに盾役タンクのガルドが、先陣を切り部屋に突入する。

 ロイヤルワラントのメンバーが中に入ると、扉が閉まり始めたが、タムタムが折り畳み式のストッパーを噛まして隙間を残す。

 盗賊シーフのタムタムだけが扉の所で待機となる。


 ボス部屋には、オーガキングとハイオーガ4体が待ち構えていた。

「おいおい、上級ダンジョンでも見たことのない布陣じゃないか?」

 ガルフが目を見張って言うと、

「黒色の兜に鎧、巨大な戦斧せんぷこれだけの装備を備えたダンジョンボスなんて見たことのないですよ!まるで魔王軍です」

 魔術師ウィザードのニッキーが杖を握り締めつつ応えた。

「しかも5対5の同数にしてくるなんて、何らかの意図がありそうですね!タムタムを数に入れていないのはハンデのつもりでしょうか?」

 ライオット姫が戦況を分析してメンバーに伝える。


「モナは後方に下がっていて下さい」

 聖杖せいじょうを握ったモナが後ろに下がると、ハイオーガ4体が戦斧を軽く振りながら前へと進み出る。

「やはり闘う数を合わせますか…ただのダンジョンボスではないと言う訳ですね」

 ライオット姫がささやくと、空間が闘気で満たされ肌がひりつく様な雰囲気となる。

 闘いは、それぞれが見定めた相手と瞬時に開始された。

 ライオット姫とガルフは近接戦闘へ、オスカーとニッキーは距離をおいての戦闘となる。

 オーガと比べれば俊敏な動きだが、百戦錬磨のメンバー達にとってはあくびが出るほどに遅い。

 弓矢と攻撃魔法は、ハイオーガの接近すら許さない勢いと正確さで射たれていく。

 ガルフは、大盾でハイオーガの攻撃を軽々と受け止めると槍で突き刺す。

 ライオット姫は聖騎士の可憐な剣捌きでハイオーガの戦斧をいなすと、目にも止まらぬ剣速でハイオーガの分厚い皮膚を難なく切り裂いている。

 圧倒的な力量でハイオーガを追い詰めるロイヤルワラントの攻撃メンバー。


 だが、ここでオーガキングが吠えた。

 威嚇だけではなかった事がすぐに判明する。

 部屋の中の重力が増したのである。

 メンバーの動きが目に見えて鈍る。

 ハイオーガには耐性があるのか、先程までと変わらぬ動きで迫って来る。

 一気に形勢を不利にされてしまったロイヤルワラント。

 思うように動けず、防戦一方になっている。

「フフ、なかなか楽しませてくれますね」

 怒濤の如く、振り下ろされる戦斧をロングソードでいなしつつ、普段のライオット姫からは想像できない不吉な呟きを洩らす。

 それを聞いたタムタムの顔が真っ青になった。

「あの人から聞いてはいたけど、まさかこの状況でそれはあり得ないっすよね」

 全身がガタガタと震えている。いつも冷静沈着な盗賊シーフのタムタムらしくない様子だ。

 おそるおそる部屋に足を踏み入れ壁に沿って進むと、なんとかライオット姫の表情が見れる角度までたどり着いた。


 タムタムが見たのは、普段は綺麗な青色のライオット姫の瞳が紅く染まりつつある様だった。

「ゲッ!これは聞いていたアカンやつっすね」

 タムタムは首に下げていた呼子を口に咥えると、思いっきり吹く…だが音が鳴らない。

 もう一度、今度は少し抑えて吹くが音は出なかった。

「え?なんで…音が鳴らないんすか!」

 タムタムが呆然と呼子を見る。

 我に返ると、脱兎の如く扉の所まで戻った。

 それとほぼ同時に、ライオット姫の全身から物凄い衝撃波が発生した。

 オーガキングを除く、その場にいたもの皆が壁にふっ飛ばされ意識を刈られている。

 敵味方などお構い無しの広範囲に渡る攻撃だ。

 難を間一髪で逃れたタムタムが、扉の陰から覗き込むと、

「アッハッハー!気持ちいいー、鬱憤は晴らすために溜めるものだな!ヒャッハー」

(姫様が無法者のヒャッハー族になってるっす…)

 そこには紅い瞳を爛々と輝かせたライオット姫が、オーガキングを睨み付けていた。

 だがその雰囲気は、凛とした王女の佇まいではなかった。

「ほ~ら、デカブツ死ね!随分好き放題やってくれたな。ほら、さっきの様に重力を弄ってみい!効かんけどな~知らんけど」

 ロングソードをデタラメに振り回し、オーガキングを切り刻むライオット姫。しかしその姿は聖騎士にあるまじきものであった。


「あ~あ、姫様また狂戦士化バーサーカーしちゃったか」

 タムタムは唐突な背後からの呟きに、ビックリしてピョンと飛び上がってしまった。

「ベ…ベイカー師匠どうしてここに?」

「タムが呼子で呼んだんじゃないの?」

「いや、音鳴りませんでしたっすよ…もらった呼子」

「ん?あぁ人間には聞こえない周波数だからね。その代わり、地中や水中からでもかなりの距離に届くんだよ」

「やっぱ師匠、人間じゃないんだ…っすね」

「失礼だなぁ!どっからどう見ても、か弱い人間でしょう」

「絶対ウソっす」

「大体、引き継ぎの際に姫様が狂戦士化バーサーカーする前に止めろって言っといたよね?」

「あんなん止められる訳ないじゃないっすか!近づいただけで瞬殺っすよ、プチっと瞬殺」

「しょうがないなあ、隠密スキル使えば楽勝だって…お手本見せるからよく見ときなよ」


 そう言うと僕は、隠密スキルを発動させオーガキングをいたぶっている姫様の後ろに立つ。

 軽く振りかぶると手刀を姫様の首筋に打ち当てる。

「ていっ!」

 意識を刈られて、力を失った姫様の身体を支えるとそっと床に降ろした。

「な!」

「な!じゃねーですよ。師匠以外に誰がそんなこと出来るんすか?」

「ん?タームタムはやれば出来る子なんだから…さ」

「鬼だ!やっぱ師匠は鬼っす。優しく諭す時が一番信用ならないっす」

「俺はタムの可能性を信じているだけだよ」

「爽やかに、人を修羅の地獄に落とさないで欲しいっす…」


 師匠と弟子の久しぶりの語らいも終わったので、僕はボロボロになったオーガキングに対すると、

「ここは僕に免じて引いて頂けませんか?」

と、聞いた。

 オーガキングは頭を縦にガクガク振り、気絶しているハイオーガ4体を小脇に抱えた。

 両腕のふさがったオーガキングの近くに行き、耳を貸してくれとハンドサインで合図する。

 おとなしく前屈みになったオーガキングの耳に、

「それと魔王様に、このダンジョンのレベルを元に戻すよう伝えてもらえるかな?」

と囁く。

 オーガキングは目一杯ヘドバンすると、黒い霧となってハイオーガ4体と共に消え失せた。


「さてと無事片付いたし、後は任せても大丈夫だよね…タム」

「アイアイサーっす!ベイカー師匠」

「それと当然わかっているとは思うけど、僕はここにはいなかったんだよ。いいね?」

「ハイっす!この街にいたベイカーさんは人違いでしたっす」

「そうそう、その調子…じゃあ姫様の事よろしく頼むね」

「なんか魔王討伐の失敗って話も裏がありそうで、怖いっす…」

「タム~、口は災いの元って教えたよね」

「ハイっす!お口チャックっす」

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