青魔法使いと赤魔術師

あまぎ(sab)

くらいもり

 ぞっとするほど暗い森の中。

 積まれた薪の間で炎がぱちぱちと音を立てる。

 周囲の森は深く、冷たく、異様に暗い。

 風よけ程度にしかならないマントの端を握りしめながら、炎に手をかざした。


 夜の森は幾度となく訪れたが、ここまでではなかった。

 訓練と称して魔獣が潜む森に放り出されたこともある。

 野営中の要人を誰にも気づかれず殺すよう命令された時も、完璧に遂行した。

 敵に捕らえられ拷問され、目をえぐられた状態で隙を見て看守を殺し、情報を持ち帰ったことさえある。


 そんな私が、ただの森におびえていた。

 周囲を探っても野獣の気配はない。野生動物もいない。時々鳥や虫の鳴き声が聞こえるが、そんなものに殺されるほど衰弱しているわけでもない。いざという時のために武器だってある。

 なにも恐ろしいことは起きないはずなのに、正体のわからない恐怖心がいつまでも体を包み込んでいた。


 そもそも、ここはどこなんだ。


 私の記憶では、国境線沿いにある基地を偵察していた。

 かつてあそこには見事な石造りの街があったが、敵軍に目をつけられ、数年前に瓦礫が散乱するだけの廃墟になった。頑丈な建物が残っているのをいいことに臨時の作戦基地として占拠されたのだ。

 壁際で隠れて軍議を盗み聞き、次の作戦の決行日を知らせるため一度自分の野営地に戻ろうとした___ところまでは覚えている。


 ……さむい。


 焚火に追加の燃料を投げ入れる。

 その辺の樹の皮だが、よく乾燥しているからしばらくは消えないだろう。

 焚火の炎は、何度もかき消えそうになりながら不思議と残り続けていた。

 時々青や橙色に輝くのは、これが道具を使って起した普通の焚き火ではなく、魔法の炎だからだ。


(久々に使ったなあ。自分の魔法)



 幼少期の適性検査で僅かながら「魔力アリ」と認定された私は、国の教育機関に送り込まれた。

 教育機関といっても、衣食住が提供されるかわりに魔法適性のある子供を兵隊にするための養成所だ。あの頃、魔力を持つものは誰であろうと徴兵されていた。魔法は使い方によっては重火器よりも強力な兵器になる。自分も、そのかきあつめられた子供のひとりだった。


 しかし強力な魔法をふるえる者はそう多くない。


 魔法も所詮は力比べ。そして魔法を使えるといっても人間に変わりない。

 生まれつき才能のある者は華々しく活躍し、戦果を挙げれば英雄として讃えられる。

 その一方で、適性が弱く半端な魔法しか扱えない者は一般兵のサポートをしている間に敵の魔法攻撃で死んでしまう。

 多くの子供が徴兵され、過酷な訓練や戦場で散っていった。


 特に自分は、同期の子供たちと比べて頭一つ分劣っていた。

 だから、せめて足を引っ張らないように、自分と仲間の命を無駄に散らさないようにと鍛錬を積んだ。

 魔法付与のついた武器の鍛錬を極め、隠密の術を勉強した。

 元々魔力量がすくないせいか微弱な魔力察知にもひっかからない私は、自然と暗殺や偵察の任務が増えた。魔法攻撃が恐れられる時代、背後から魔法使いを殺すことのできる自分は軍から重宝された。

 気づけば、同期で軍学校を出た子供たちは皆前線に駆り出されていなくなっていた。



 唯一使えるといわれた炎の魔法でさえ、この程度。

 消えることもないが一向に大きくもならない炎は、魔法が含まれていない風では消えないだけで、体を温めるにはか細すぎる。

 こうまで冷える森だ。朝になる前に凍死しているかもしれない。

 元々才能のない自分が恨めしかったが、ここまでくるといっそ悲惨だ。


(炎の魔法は綺麗ってよくいうけど、こんなの全然綺麗じゃないな)



 そのままぼうっとしかけたとき、斜め後ろにあった茂みが揺れた。

 振り返らず気づかないふりをして気配から漏れ出る魔力の波を感じる。


(___は、なんだこれ)


 明らかに魔物の魔力量じゃない。

 森の主クラスの大型魔物だろうか。しかしいくら魔力を分析しても、記憶する魔物のどれにもあてはまらない。種類も種族もわからなければ、対策のしようがない。それに知能が高い魔物は毒や魔法を使ってくるため、どう仕掛けてくるかもわからない。

 魔物か、もしくは__魔法使いか。


 しかし自分はもう見つかっている。

 握りしめたナイフを置いている膝が、かすかに震えていた。

 数時間食事もとらずに歩きっぱなしだった足が、寒さと疲労で軋んでいる。もしこれが恐怖なんだとしても、今は無理やり動かすしかない。


 負けるとしても、戦うしかない。

 いつもそうだ。たいした魔法を使えないなら、魔法以外で挑むしかない。

 できることを、するしかない。


 __火のついた薪を投げつけた後、灯りが落ちている間に隠していたナイフを投げる。


 私の炎はか細いが、魔法である以上魔法でしか消えない。それでも強風にさらされれば一瞬は消える。その間に逃げる。戦ってる体力はない。

 大した速度はないが確かに近づいてきている。


 薪を動かすふりをして後ろから見えないようナイフを構えると、魔力の塊に向けてすばやく振り返った。

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青魔法使いと赤魔術師 あまぎ(sab) @yurineko0317_levy

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