謎の多い仕事
いつも通り、居酒屋は賑わっている。しかし、どうにも今日は、野ばらの元気がない。
いつもは話の中心にいるのに、今日はちびちびとお冷を飲んでいるだけだ。まあ、野ばらの目的は正味ここで人の声を聞くことなので、何も構いやしないのだが。
「あ、ちょっとトイレー。」
野ばらが席を立った時、思い切って百合愛は聞いてみた。
「んー、お花ちゃん、ここに来るようになってかなり経つけど、いつも「お金がない」と言うんだよね。」
「わしらの金をアテにされてもねぇ…。」
「お花ちゃんはなんの仕事してるのかな?」
「働いてるの?」
「何でそんなにお金ないの?」
「頭良さそうだし、元気そうなのに、どうして働いてないのかな。」
確かに野ばらは、いつも借金返済に追われている。今現在も、催促の電話が一日に幾度となく来るという。10日に払ったと思ったら、今度は本来先月末に支払うべきものがあったのだというから、本当に心配になった。
その借金の半分近くは、百合愛との勉強費用だ。口座に振り込まれれば、そのまま自動引き落としとなるため、結局3桁の現金は引き出せない。
ただ、野ばらは確かに頑張って働いているのだ。確かに食えるほどの収入はない。それでも雀の涙ほどでも働いている。昨日も具合が悪い中連絡を回し、一日中寝ていた。パソコンの前に座れない時はスマホで出来る仕事をしている。
野ばらは、働いているのだ。それでも足りないし、外にアルバイトにいくのは困難がある。
ここで野ばらを取り巻く諸問題をぶちまけるのは簡単だが、この年代の人々に言って理解できるのか、という一種の絶望感もある。
「マスター、お白湯くれー。」
「はい。」
空元気の野ばらから、グルグルと音がする。
食べ物が無いのではない。料理が作れないのだ。料理があっても、食べられない。それくらいに疲弊している。
それでも1人になると悪いことを考えてしまうから、と、何も飲み食い出来なくても、この居酒屋に来るのだ。
「野ばらは働いてますよ。ただ、ローンの支払いに追われているだけで。野ばらは杖を付いているし、都会に来てから激しい障害者差別に遭ったり、地元でアルバイトをしてて病気になったので、医者から止められてるんです。」
イマイチ納得できてない優しい老人たちに、百合愛はそう言って心配する素振りを見せるしかなかった。
独りでいると、ろくな事にならない。
それは、本人たちがよく分かっている。
「非常識」と、思われても、ここで生きていかなきゃならないのだ。身体の命はどうにかなっても、心の飢えは人によってしか満たされない。
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