日本中の酪農家を頼む

 今日も今日とて野ばらは居酒屋である。理由は簡単で、家におかずがないからだ。

 ふと、始めて来たらしい2人組が、語気の強い言葉で話し合っていた。どうやらもうお勘定らしく、野ばらは声をかけた。

ヨボセヨもしもし?」

 咄嗟に「カムサハムニダこんにちは」と言えず、新聞で覚えた韓国語で尋ねてみる。振り返った男性の顔は、正しく韓流漫画のようにスっと美しい輪郭で整っていた。

「???」

「よ、よぼせよ?」

 通じてないのかな、と、不安になりもう一度聞いてみると、合点がいったようで、連れの方が答えた。

「私も彼もは日本人よ。」

「すみません!」

「青森から出張で来たの。よろしくね。」

 生の青森弁初めて聞いたなぁ、と、思いつつ、ちびちびとチャイを飲む。もちろん野ばらは支払わない。

「おや、お花ちゃん。」

「おう、ビートルズ!」

 しょんぼりとしていると、常連客が顔を出した。マスターはニコニコしながらお通しを出す。

「野ばら、すっかりインド人なたよ。まいにちチャイ、のみにくる。」

「相変わらず辛いし熱いから暖まるー。あと牛乳入ってるし。」

 資金繰りが苦しい野ばらにとって、現金でしか買い物が出来ないものは致命的だ。牛乳と卵、生肉や生魚など、その最たるものである。

「ごちそーさまぁ。あー、からいからい。マスター、ぬるま湯。」

「はい。」

 そう言って、氷が積み上がったグラスがでてきた。ぬるま湯をどうやって伝えたものだろうか。


 案の定鋼の肝臓で、酔ってはいなかったのだが、ここの所の無茶が祟ったのか、朝から7度を超える熱が出ていた。

 野ばらは手本のような恒温動物のため、36.7℃で「発熱のサイン」、36.7℃で「発熱」である。故に、7℃超えなどと言って、しんどいといったらない。

 まあ、今日くらいは寝てようかな、と、治療用の日記を書いて、その後、目を閉じた。

 が、少しして、目が覚めた。時間を見ると10分くらいしか経っていない。朝食時に来る人と言ったら1人しかいないし、なんなら鍵を持ってるのは2人だけだ。

「あれ、野ばら。体調悪いの?」

「ああ、どこも悪くないんだけど、熱がな。」

「なるへそ。じゃあいいもの作ってあげるから寝てて。」

「メシマズ食わせたらシバくぞ。」

 ニコニコして、百合愛は冷蔵庫を漁った。小さめのキャリーバッグを台所まで持ってきて、何かを切っている。リズムからして、千六本だろうか。

 …大根か? まあ、大根は何をしても中らないからな。

 そう思っていると、出来た、と、もう持ってきた。

 飲み物のようだが、茶色い。

「…百合愛、どんなもの混ぜた?」

「チョコレートを刻んで溶かしただけの単純な飲み物。早く飲んで、美味しいよ。」

「味見したか?」

「してなーい。」

 不安だ。しかし、本当にチョコレートを刻んだものを溶かしただけなら、こんな飲み物にはならないはずだし、野ばらの家にあるチョコレートは、それなりに高い。そして期限切れの型落ちである。

 ええい、と、一口飲んで―――野ばらは、ほう、と、ため息をついた。

「…牛乳だ。」

「チョコレートと牛乳を混ぜて溶かしただけの、簡単なお料理です。」

「…ありがとう。買ってくれたのか?」

「うん。いつもの数持ってきた!」

 ん? と、何か嫌な予感がした。

「…何本?」

「8本。いつも野ばらそれくらい飲むでしょ?」

「…百合愛、冷蔵庫の中身、見たか?」

「見た。雪崩なければいいんだよ、雪崩なければ。」

 まあ、そうなのだが。8本ということは、10日は持つ。

「…おかわり。」

「はーい。まだ沢山あるからねー。」

 百合愛は嬉しそうに台所に戻って行った。

 あったかい。 

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