夢見る少女じゃいられない

 野ばらは結婚して子供がほしかったらしい。

 まあ、女として生まれたからには、そうもなろうな、と、思う。

 人間が雌雄同体の生物でない以上、野ばらの願いが叶うには、どんな形であれパートナーが必要である。その意味で別に百合愛は、野ばらの恋愛模様にどうこう言うつもりはない。野ばらは子供の親が誰であるか分かる交際をしているし、何のかんのと幸せそうであるし。

 百合愛の世界は野ばらを中心に回っている。共依存だとか何だとか言われているが、それはまあ、色々複雑な事情があるからなのだが。

 野ばらが自分の無茶ぶりに答えてくれるのも全てはこの絡まった事情のせいであり、おかげでもある。

「百合愛! 百合愛ーァ! 1番いい粉ミルクを頼む!」

「パーフェクトだ、野ばら。」

 がちゃがちゃとと解錠に手間取っているようなので、さっと開け、泣きわめく野ばらの子供の口元に突きつける。野ばらの頬は皸しているが、子供の頬は紅く柔らかい。靴を脱ぎながら、子供の口元に、人工乳首を宛てがい、一人暮らしをする前から使っている1人がけソファに座る。

「検診どうだって?」

「問題ないってさ。栄養も十分だって。」

「野ばらのおっぱいは?」

「今のペースでって言われた。」

 正直に言う。野ばらの乳はデカイ。そして、多い。エロゲかな? というレベルである。あまりに大きいので、赤ん坊が咥えると噎せるくらいである。とりあえず一通り、漫画でやるようなことはやってみたが、想像以上だった。

 そして想像以上に後始末も大変だった。

「百合愛、パス。いててて…。」

「ほい。」

 げっぷをしてからちゃんと遊んだらしい子供の指先は、母乳でベタベタである。赤ん坊を受け取って、手を拭いていると、台所からシンクが音を立てる。赤ん坊はこの音が好きらしく、手足をバタバタさせて喜ぶので、ますます母乳が飛び散る。

「やれやれ、20年前からの計画も上手くいかないねえ。」

「医術の進歩は残酷だなぁ。」

「まぁ、音で喜んでるし、ガラガラならぬボタボタということで。」

「システムが嫌すぎる!」

 そう言って、少しだけシンクの音が止まる。そしてまた、シンクが音を立て始める。

「世の男どもが見たら、どんな薄い本が出るかなぁ。」

「この前お前が俺の乳観察しながら、一冊書いただろ。お陰様で文フリで売れるぞ。」

「時代がやっと受け妊娠主流になったんだねえ。」

「『世界中に女しかいない世界に1人だけ男に生まれた俺が救世主になるまでの話』だと思って温度差で皆肺炎になってたぞ。」

「エゴサすると阿鼻叫喚で私嬉しい。」

「捨てる乳が役立ってて何よりだ。」

 音が止まる。ごそごそと衣擦れの音がして、戻ってきた野ばらが、母乳まみれのブラジャーとキャミソールを洗濯カゴに放り込んだ。

「あー、すっきりした。軽い軽い。」

「野ばらのおっぱいは、明日の朝だからね。おなか空かせておこうね。」

「今夜の夜泣きの担当はお前だからまかせるぞ。」

「はいはい。今度はミルクの温度一発で出してね。」

「同じ時間覚ますだけなのになんで俺が作ると熱くなるんだろうな…。」

 そう言って、貧血状態の野ばらは、大きなため息をついて、布団に寝っ転がった。




「と、いう、夢を見たんだ。」

『貧乳でわるかったな!!』

「スポーツブラですみませんねえ!!」

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