ごえん

 するっともらった鍵で、我が家のように野ばらの家に入ると、家主はいなかった。はて、この時間は仕事をしているというのだが。

 見ると、彼女がいつも持ち歩いている杖がない。近所に行く時は杖を持つな、という田舎の風習が抜けないので、どうやら遠くに行ったようだ。

 そういえば、この近くのことを何も知らないな、と、少し散策してみることにした。そういえば、氏神さまがいるはずなのに、見かけない。きちんと野ばらの挨拶をしなければ。

 キリストの派遣した現地密着型神使に敬意を払えないなど、万事極めて良しと天地を創造した神に対する不敬である。

 スマホで調べてみると、どうやら1人で歩いて行ける圏内にあるようだ。

 真ん中はカミサマの通る道だから、通っちゃいけなくて、2回礼をして、ガラガラして、2回拍手して、お誓を立てて、最後に1礼だっけ?

 スマホの案内をBluetoothで聴きながら作法を思い出す。田舎の神社は全て朽ち果てていたが、ちゃんと社務所があり、ついでになんだかどこかと係争中らしい。

 あ、ガラガラがない。ガラガラがない時ってどうやるんだっけ? まあいいや。

 初めましての挨拶と、自分と野ばらがどこから来たのか、いつから住むのか、どんな風に過ごさせて欲しいのか、その為にどういうふうにここのカミサマと関わるのか…。

 雑念をまじえながらもお祈りをしていると、隣でカランという音がした。驚いて目を開けると、老婦人が祈っていた。

 祈りを静かに見守っていると、老婦人は祈り終えて、見知らぬ顔に挨拶をしてくれた。

「この辺りのことは分からなくて、買い物はバスで業務スーパーに行かなくちゃいけないんでしょうか?」

「あら、移動販売車がくるのよ。今日来てるから、ついていらっしゃい。」

 なんてこったい。

 流石神道のカミ、行動が早い。

 ついていくと、本当に移動販売車が来ていた。野菜が多い。

「すごい! ズッキーニが2本で100円、ナスが1袋100円、トマトは3個で100円で、玉ねぎも3個で100円! カポナータが作れるじゃん!」

 意気揚々と買おうとすると、財布の中には395円しかなかった。

「あらら。じゃあ、トマトをバラで2個に出来ますか?」

「いえ、5円まけますよ。」

 なんですって。

「ありがとうございます! きっとお礼します!」

「いえいえ、ありがとうございました。」

 仕事が早い。カトリックの神なんて、お願いごとをしたら、ラスベガスから空輸で手紙の返事が帰ってくるのに。


 その日はカポナータソースを作ったが、野ばらを待っている間に微睡み、寝てしまった。


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