朝ごはん

 野ばらが自分のくしゃみで起きると、外が騒がしい。なんだなんだと体を起こすと、ガラッとドアが開いて、ドタドタと人が入ってきた。


「おはよう」

「…え!?  桜桃子おとこ!? な、なんでここに!?」

「百合愛ちゃんに頼まれて、実家の大きな荷物と、あとお掃除に来た。」

はさまるさーん、車来たよ。」

「はいはい。」


 桜桃子とは、野ばらと百合愛の友人である。友人というか…まあ、友人である。

 今回の脱出計画の影の功労者の1人である。ドライブが好きなので、よく助手席に座ったり何だったりしたものだった。

 百合愛と野ばらより一回り上なので、頼り甲斐と安心感がある。野ばらにとっては、弱音を吐ける親族以外の数少ない相手だ。

 ないものは、職業と貯蓄と健康である。


「野ばら、今日中に洋服は出し切って、掃除もやりきるって。」

「俺が越してきたの、昨日の今日だぞ? どうして桜桃子が来たんだ? 今日だって、診察日じゃないか?」

「だって私が呼んだんだもん。」


 なら仕方あるまい。

 邪魔になるから、と、これまたダンボールだらけの2階へ移動する。百合愛はでんっとその場に、缶詰を広げ、フライパンで炊かれたご飯を持ってきた。

「さ、食べよ。」

「え、これ朝食なの?」

「いやー、ガス屋さん帰った後にすぐに挟さんが来たから、お米しかたけなくって。」

「…まぁ、初めてのフライパン炊飯にしては上出来なんじゃないの。」

「わーい! じゃあ、いただきます!」

「いただきます。」


 フライパンで炊かれたご飯は、おこげも出来ているし、絶妙なバランスだ。しかし普段の百合愛のメシマズを知っている身としては、ビギナーズラックだと思う。

 百合愛が持ってきた、明らかにそのままご飯にのせて食べるものではない冷たい缶詰をつつきあっているうちに、気づいた。


「あれ、お前、箸と皿は?」

「この缶詰と割り箸があるからヘーキ。」

「いや、そうじゃなくて! 食器は!?」

「シェアハウスのものは共有物だから、外に出せないんだよ。」

「…キャンペーンが始まったらダイソーで買ってくるわ」

「次のキャンペーンの商品なんだろね。」

「今までの傾向考えると、リサとガスパールじゃねえかな知らんけど。」

「よくわかんないけどお洒落なブランドなんだろうな。」


 5種類ほどの缶詰を食べきって、じゃああとはよろしく、と、百合愛が手を振った。いつもの事なので、はいはい、と、片付ける。百合愛がレジ袋を持ってきてくれていたことは正直に感謝しよう。


「野ばら。」

「うん? ―――んっ。」

「…やっと、一人暮らしが出来るね、頑張ってね。田舎から持ってきて欲しいものがあったら、都合つけるからメールして。」

「…うん。…桜桃子。」

「ん〜?」

「台所で盛るな。包丁とかあるし、缶詰洗わないと。あと寒い。」

「残念残念。じゃあ、アタシがやっとくから、野ばらは2階でくつろいでて。」

「頼んだわ。」


 百合愛が押し付けたものを、桜桃子に押し付けて、野ばらは2階へ戻った。野ばらは背中を丸めて同人誌を読んでいた。


「あ、挟さんに投げてきたんだ。」

「桜桃子の方が掃除上手いしな。…なぁ、百合愛。」

「うん?」


 同人誌をおいた百合愛に、野ばらはすっと近づき、額を当てて、胸に手を置いた。


「これからは、俺がお前の作品むすめを守る。だから、お前は書け産め。そのために子種ネタが欲しいなら、いくらでも用意してやるから。」

「大丈夫…なんだよね。4月から講座が軒並み有料になるけど。」

「わははは、お前の小説には既に固定客もいるからな! それに―――。」

「?」


「産んでほしいんだ。俺とお前が出会って、望まれたのに、エゴで縊り殺されたあの三作品さんにんの供養にも、―――俺が、読みたい。」

「…うん、分かった。」

「俺達で作る作品こどもだ。俺が養ってやるから、お前は作ることだけに集中しろ。」

「…うん、…うん!」


 20億の信者モブを敵に回しても。

 届けたい1の貴方のために。


 そのためなら、筆を取り替えても問題ない。

 自分は書ければなんでもいいのだから。


 ―――だから、産んで。俺たちのさくひんを。

 第2の俺が、どこかに居るはずだから。

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