21 一撃
あたりに夜が漂い始めたころ、夜達磨の左腕の白さだけが、貼り付けたように鮮明に見える。わずかに光るネオンの看板や街灯が、我々のHPみたいに点滅する。しかし、ただ死んでいく身体を、見ているだけの夜達磨ではなかった。
「わいが……ただで死ぬと思ったら大間違いや」
彼は残った右手でポケットから小銭を取り出して、片手で印を結ぶ。その速度、わずか2秒。
「甲賀流忍術一ノ型——元祖串カツ牛 350円」
腕が貫かれたままの空中で、彼は壺から串カツの大剣を取り出し、寄生が回らないうちに、思い切り自身の左腕を切断した。そして、その軌道のまま一回転し、歌姫の頭に斬りかかる。
「腕の一本なんざ、なんてこたねえ。わいは、わいのできる限り。あいつに誓って闘いきんねん」
❖
わいは、ずっと阿保が嫌いやった。小さい頃から、学校のテストは満点やったし、やから誰とも遊ばんで、知識だけ入れて、地元では珍しく大阪大学に行ってん。
ほんでこんなわいにも、空から降ってきたような青春があってな。忘れもせん。あれは20歳を超えてから、毎夜浮かれてお酒を求め、コンビニに通ってたときのことやった。
「へえ、あんた。いっぱい飲むんやな」
ふと、わいのカゴを見て、ひとりの女性が話しかけてくんねん。振り返ると、ブタのイラストが描かれたゆるいTシャツに、グレーのショートパンツ。もう酔おとるやんっていう熱った頬と、ゆるい関西弁が妙に心地よかってん、覚えとる。
「あ、わいか?」
「せや? まわりあんたしかおらんやろ」
「せやな」
彼女は嬉しそうに、にーってわろてる。その表情が、コンビニの明るい光に照らされて、浮かび上がる。ほんで彼女は、近寄ってくんねん。
「なあ、あんたツラええな」
「なんや、急に」
「お姉さんと一緒に飲まへん?」
そんな彼女のひと言でその夜、彼女のアパートに招かれてん。そっからは、あんま覚えてへんけど。ただこの夜をきっかけに、彼女と仲良くなったんは確かやった。
彼女は名をスズナって言うた。気さくな見た目と反して、腕には和彫りの入れ墨があって、わいはそれが好きやった。彼女は酔うと決まって、腕をまくって、その度に黒い鯉が顔を覗かした。魚やけど、少しかなしい顔やった。
「それ、すごいねんな」
「せやろ? 昔にな、ダーリンが生きてたとき。一緒に彫ってん。もっと見てもええよ」
ほらって彼女は、わいを引っ張って、自身の二の腕に寄せる。近くで見ると、入れ墨の下はちゃんと女の子の肌で、やわらかうて、ええ匂いがした。
「いかつい、わあ」
「そーやろ。実はこれ、おっぱいまで繋がってん。どうや、見たいか?」
彼女はいつもの鋭い目を、ぱっちり開いて、学生のわいをからかって遊ぶ。どないしたらええかわからんで、固まっとるわいを彼女は、時間切れやって笑ってビンタした。素敵な夜のできごとやってん、いまでも鮮明に思い出せる。
そっから彼女とは、恋人でもなく、友だちとも言い切れん不思議な関係になってん。行きつけのパチ屋で一緒に打って、負けて、その度にふたりでよく串カツを食べるような仲やった。
そないな名前のつけへん関係は、ある日急に壊れてまう。その日も道頓堀に新幹線で来て、串カツを食べとった。
「あんたは、具。なにがいちばん好きなん?」
「串カツの具か。なんやろ、なすびとか?」
「なすび? あんたセンスないでえ」
「なんでや」
「あんなん、熱いだけでなんの味もせえへんやん」
そう言うて彼女は、タコさんウインナー串をぱくっと口に入れる。ほんで、そんなセンスのないところも……と言い終わる前に、彼女は死んだ。
口に入れた串カツが、そのまま彼女の頭を貫通して、後頭部からタコさんウインナーが顔を覗かしてる。さっきまで楽しそうにしてた顔を、一気に肉の芽が覆う。ほんで串カツは嫌な声で、動けへんわいにこう言うのやった。
「ざんねーん! 好きな子はいまボクたんが、殺しちゃいましたあ。ほんと、アホだねえ」
❖
夜達磨の怒りに任せた、捨て身の一撃が、歌姫の首を捉え、撥ねると、あたりに生クリームが飛び散った。しかし無慈悲にも、それはまた集まって、再生を繰り返してしまう。
「わいもここまでか。スズナすまん、パチンコ打ちすぎたわ」
夜達磨のポケットからは12円が落ちる。思えば彼は、戦闘に金銭を払うことを制限としているようだった。生きようと地を這う彼にも、タベモノは容赦しない。彼女は生クリームを変形させた斧を、大きく振りかぶって、おろした。
刹那、あたりに金属音が響く。斧の刃先には、鋼の装甲で作られた、ドーム型の傘。そしてひらりと舞うワンピース。夏の幽霊のように美しいそのアンドロイドは、そのまま生クリームの身体を、斬り刻む。ぱっと弾けて、飛び散る敵を彼女は感情のない目で睨んだ。
「機械人形の私に寄生は行えませんよ。私に有効な虫は、強いて言うならコンピューターワームくらいです」
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