東京原宿編

14 疾走

 バナナにして正解って笑うミナちゃんに、クレープはイチゴだろってアスナがツッコむ。ふたりの影が楽しそうに揺れて、私はそれについていく。授業終わりにこうして友だちと遊ぶのは、ずっと夢見てきたことで、我ながら大学生してるって思った。

「わたし、原宿はじめて」

「アーヤそうなん?」

「でもだいじょぶよ」

 ミナちゃんは愛嬌のある顔で、これからたくさん来ようって振り返る。この春、福島から上京してきた私にも、こうして仲良くしてくれる友だちができて安心した。


 それにしても、東京は音で溢れている。麦茶を注ぐ音だけが鳴る実家とは大違いで、道や電柱など至るところから音楽が響いていて、心が躍る。

「あ、これ。五月雨ちゃんの歌だ」

「アスナ、知ってるの?」

「うん、いまバズってる女子高生ラッパー。聞いたことない? 高校生ラップ甲子園で有名になった子」

 どうやらアスナによると、その五月雨ちゃんとやらのHIPHOPイベントが、いま原宿で催されているらしい。耳を澄ましてみると、確かにアングラな重低音の奥に若い子の声が聞こえる。「竹下通り行く完璧なボディ、過激なショーに打撃の勝利、アンジェリーナジョリー憧れたあの日、手には一杯のアメリカンコーヒー」

 リズムに合わせてホイップクリームを頬張っては、たのしい曲だねって前に話しかけた。


 しかし、ふたりからの返事はない。はじめは私の声が届かなかったのかと思ったが、クレープを食べ切る頃には、それが違和感に変わった。背景のラップに気を取られて気づかなかったが、あれから特に会話もないのだ。

 気になって前に回ると、クレープに舌を喰われたふたりが、血を垂らしながら歩いていた。ミナちゃん、アスナって叫んでも声が出ない。ぺちゃって音を立ててアスファルトに落ちる舌。それを見て、ようやく気づいた。私も殺られたんだって。


 ❖


 身体に纏わりつくクレープヒルを振り落としながら、2番線ホームを駆け抜ける。無尽蔵に咲くペロペロキャンディの花には、グミ蛍が群がっている。

「くそ、埒があかねえ」

「にゃあ」

 キムチも俺の肩で深刻そうに鳴く。タベモノは大きいだけが強さじゃない。むしろ小さな毒蟲や寄生虫の方が、人を死に追いやってきた厄介な存在だ。いま原宿では「菓子虫」が湧き、毎日ウヨウヨと音楽を奏でている。

「ヒルのステージ2番ホーム、ミラーボール光る深夜特急、シンガーソングも三日坊主、とりあえずボクら韻が豊富」

「やめろ、その歌」

 タピオカ卵から孵ったばかりの蛭たちが、どこからか聞こえるビートに合わせて交互に歌う。それは虫の音で構成されたサイファーだった。


 音楽に乗せた軌道で、秋刀魚の刀をリズミカルに振り下ろす。その刃はどれだけの虫を斬ったか、緑色の血が滴っている。

「見たか! ムシケラども」

「キモすぎるサンマニンゲン、まるで漫画アニメやファンタジーで、反射神経使う硬い韻で綴る百科事典、まるでパッとしねえ」

 会話にならない2番ホームを背に、俺とキムチは階段を駆け上がる。わたあめ巣をくぐると、またタピオカ卵が落ちてくる。そのすべてを斬り刻む一閃、足は止めない。

「キムチ、つかまってろよ」

「にゃあ!」

 攻撃をひとつでも喰らえば致命傷となる緊張感の中、そのすべてを振り払うように、竹下口改札を跳び抜けた。


 竹下通り、それは大きな虫の巣だった。すべての建物はわたあめで覆われて、タピオカ卵が孵っている。壁にクレープ蛭やドーナツ蝸牛カタツムリが這い、喰い人の死体にはグミ蛍だけでなく、チョコ蜂、トルネードポテト芋虫など、多くの虫が湧く。そして、そのどれもが交互にラップを披露するのだ。

「うるせえ、静かにしろ!」

「嫌だね、バカみたいに騒ぎたい。ワタシたち、押韻で触りたい。それは鎌鼬かまいたちか渡り蟹、喰い人捕らえて晒し台」

 ポテトチップスの羽を持つ蝶は歌い終わると、ひらりと舞ってどこかに行ってしまう。その行く先を見ていると、ビルの向こうで巨大な影が動いて見えた。

「なんだ、あれ」

「にゃ……」

 それは、全ての節がマカロンでできた百足ムカデだった。カラフルな見た目とは裏腹に、鋭い口でシャーッと威嚇する。

 その目線の先には、女の子とダックスフンド。少ない生存者だ。犬は飼い主を庇うように、前に出て懸命に吠える。いまにも喰われてしまう彼女らを見て、もう一本秋刀魚を引き抜いて構えた。


「泳刀——秋刀魚の開き」

 お馴染みの秋刀魚が空間の裂け目から現れて、その尻尾に捕まって進む。キムチを放って、彼女らの救助にあてる。その隙に、百足の懐に入り込み、足を切落とした。緑の飛沫があがる。

「どうだ!」

「そんな攻撃喰らわない、胸騒ぎもしない無駄話、ただの裏社会の憂さ晴らし、それじゃくだらない、なんでお前は歌わない?」

 足が取れても、ダメージにはならない。斬撃を諸共せず百足は、彼女らを襲うことをやめない。そんな百足に向けて、自分もまた斬ることをやめなかった。背中を駆け上り、胴のマカロンに刃を突き立てる。

「じゃあ、殺してやるよ。ラップバトルで」

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