11 爆刀
ワンチェンの投げる小籠包が一斉に爆発する。フカヒレの身体含め、3階建ての水族館まで燃え崩れて。辺りは突如、焼け野原となる。
「これ、大丈夫なの?」
「うわあ! ごめんなさい。小籠包は強いんだけど、わたし運動神経がなくって。ぜんぜん違うとこ投げちゃって」
合流したホンファさんは、いつものことじゃないって楽しそうに笑う。その腕には、大きな噛み傷が、肉を抉るように刻まれていた。
「腕、治さないんですか。たしか回復できる技も持ってるって、言ってましたよね」
「うん。癒茶——
3人が睨むフカヒレは、海水を浴びて再生しては、落ちている死体を、イチゴ狩りのように拾って食べていく。
「わだじは学習じてるの。昔に戦っだどきに、水がなぐで困っだから。海辺におびき寄せだってわけ!」
「これじゃ埒があかねえ」
「一斉に攻撃して、
体力的にも最後の勝負となる、この局面。ワンチェンは小籠包を、ホンファさんはティーポットを、そして自分は秋刀魚を。力強く握って、地面を蹴る。
気づけば日が落ちて、代わりに丸い月が浮かんでいた。そこに向けてフカヒレは咆哮を繰り返し、その口からサメの形をした肉塊が、噴水のように溢れだした。
「なに、あれ……」
「サメの、群れ?」
それでも足を止めている暇はない。宙を泳ぐ肉サメを狩り、前に進む。斬って、殺して。夜に生きる。その中で、ワンチェンは胸ポケットから、一段と大きい小籠包を取り出して、不器用に投げた。
「中籠包——つよいばくだん!」
「泳刀——秋刀魚の開き」
大きな爆発音を立てて、肉サメが消えて蒸発する。八景島の真ん中にはキノコ雲が上り、吹き飛んだ石が娘々の頬を掠めて、ピーッと血が飛ぶ。
「なにずんのよ、ぐそ女!!」
「ごめんなさい! 力、間違えちゃって」
小籠包と紅茶が飛び交うなか、一匹の秋刀魚が泳いでいく。地下室に生きていた自分が、今ではこんな風に外を駆け回って、仲間に囲まれて。自由に生きている。
潮で泥濘んだ地面に足跡をつけて、水飛沫一つ一つを一刀両断する一閃を放つ。それを娘々はフカヒレで受ける。凄まじい金切り音が、心臓に落ちる。
「ぞれで、わだじを殺すづもり??」
何本も生えるヒレの刃を振り回す。ひたすらに地球に剣撃がこだまする。それらの音もやがて、成層圏へと死んでいく。
秋刀魚は娘々の脚をくるりと回り、腹を登り。やがて心臓部にたどり着いた。自分の刀の先端には、小籠包爆弾が光る。ワンチェンのおかげで思いついた、会心の一撃。
「爆刀——秋刀魚の塩焼き」
白鋼の刃を構えて、その心臓部に突き立てる。多くの秋刀魚の群れが肉を喰らい、追って小籠包が爆発する。辺りが黒い煙に包まれて、横浜の天敵は息途絶え、残酷な戦闘は幕を閉じる……はずだった。
「やっばり、あんだ。ばかでしょう?」
「うそ、だろ」
煙が晴れて、真実のみが夜明けのように浮かび上がってくる。陶器でできたティーポットの破片が、初雪のように舞う。秋刀魚の刃が刺しているのは、フカヒレの種ではなく、ワンチェンとホンファさんだった。
❖
「ホンファちゃん、大丈夫。ぼくはさみしい思い、させないからね」
「うん、ありがとう」
私の人生はいつだって男に振り回されてきた。親に捨てられて、児童養護施設で育った私は、19歳で歌舞伎町にたどり着いた。
当時、ホストクラブにハマった私は、カエデくんにホテルで抱かれる瞬間が、唯一の救いだった。お金さえ払えば、優しくしてもらえる楽園が、歌舞伎町には、確かにあると信じてた。
ホストのキャッチ、いわゆる
「おねえさん、なんで泣いてんの。ホストクラブとか行ったことある?」
「ないです」
「マジ? 行ったほうがいいよ。いまの時代、普通に行くだけなら、楽しいだけだから」
そんな口車に乗せられて、のこのこと付いてきたのが運の尽きだった。エレベーターを上がって7階、黄金に広がる桃源郷で、私はカエデくんにあった。
「来てくれてありがとう。カエデって言います」
「ホンファちゃん、お酒強いんだね」
「なんかあった? よければ話、聞かせてよ」
「ぼくたち似たもの同士だね」
カエデくんとお話をして、その日は飲み直しをした。笑いのツボが一緒だって、それだけで運命を感じた。それから私は、ここに通うようになって。カエデくんはよくアフターにも連れて行ってくれた。
「ホンファちゃん、ありがとうね」
「はい……」
「なんか、元気ない? どうしたの」
「実は、お金なくって」
その頃には、ファミレスのバイトだけじゃお金が足りなくて、俗に言う「立ちんぼ」をして毎日稼いでいた。知らないおじさんと、そういうことをしてるとき、いつも虚しい味が舌に広がる。
「たくさん頑張ってるんだけど、もう身体も精神も限界で。だから、もう通えそうにない。ごめん」
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