ふたり目完

「医聖アクスクレビオス、だと?・・・そのような者はこの大陸にはおらぬ!」


激昂するセバスを前に、私は目の前に置かれた盃を取る。

銀食器とは、なんというか・・・ゲンバク読み世代には感慨深くもある。


「だろうね。私の前世の創作神話の神・・・人間だったかな・・・登場人物だからな」


「フン、何のつもりで当家に近づいた?返答によってはその盃を」


盃・・・銀のゴブレットの飲み口は酷く不愛想で、金属部品を杯にして飲んでるようだった。


・・・ん?


「ああ、すまない。謎解きの賞品だったのかねこれは・・・飲んでしまったよ」


置く。

ぬるいが醸された麦芽の甘味をホップに似た爽やかな苦みが引き締めていて大変に美味だった。


うまかっ……てす


「バカな、それは即死毒・・・なぜ倒れない」


「マジかよ!」


思わず立ち上がる・・・が、恥じて腰を下ろす。


「すまない、つい吃驚して若者言葉が口に出てしまった。聞かなかったことにしてくれ」


「ふざけ・・・うっ」


自分の頭に手を伸ばしてきたので慌ててその手を掴む。


「っ・・・はぁ~、私の頭は危険だ!カミソリの束に素手を突っ込むのが君の趣味なのかね?!」


剣ダコ、ペンダコ、その他女を悦ばすワザには事欠かぬだろうというほどのタコや節くれだらけの手を豆腐を扱うように優しく慎重に掴み、押し返す。


「強くなれ~・・・パタパタパタ。少なくともキミには私の髪の毛程度は掴める力と肉体の強靭さを与えた。これからは慎重に行動してくれたまえよ」


頭脳だけでなく、実務もこなすのか。

ああ、今まさに私が尋問されているではないか。


「おまえ・・・石で出来ているのか?」


得体のしれないものに恐れを感じているのか、セバスは怖気たように下がる。


「?・・・ああ、わかるよ。わたしも酔った時、妻だと思って銅像の腕を掴んで倒れたことがあったからね・・・いや、これは前に話したかな?」


「妻・・・なるほど、そのお体は依り代でしたか。改めて当家の無作法をお詫びし、マスターの心をお救い下されたこと篤く御礼申し上げます」


中身がここにいない、と判断した途端、慇懃な所作になったか。

何とも微笑ましい佞姦さであることよ。


「私に本体やら飼い主やら背後などないよ。それより君は、強化された自分の肉体に注意したまえよ」


飲み干した銀のゴブレットを投げる。

セバスから腕半本分くらい外らして。


彼は回転しながら脇を抜けようとする杯の脚を難なく掴み・・・きれず、彼のユビが掛った瞬間、金属的な音と共に高く跳ね上がったゴブレットを慌てたように掴み取った。


すごいな・・・ボクサーかよ。

しかも掴み返した手首の動きで音速は超えたはずが、音の壁を破る・・・皮を叩くような音がしなかった。


「なっ・・・これは、粘土・・・か?」


彼は自分の手の中でぐにゃりと変形した杯と私をまじまじと見比べる。


「おい、そんなぐにゃぐにゃやってると燃えるぞ」


部屋が暗いため、粘土の塊のように丸めた杯だったものが淡く赤熱してるのがわかる。


「うお!」


「馬鹿ッ!」


ケムリと匂いに驚いたのか、セバスが放り出した赤熱した杯だった銀のカタマリを危うく空中でつかみ取る。


経験則なのか、両腕を上げた瞬間ワキの辺りがヒヤリとした。


「火事になるぞ、館は防火建材で建ててあるのかね?・・・そもそも、既に君の体は赤熱した金属程度でどうこうならん・・・まぁ、数千度程度の流体金属内でも呼吸できる程度には強靭になっているハズだよ。試さなくてもよいが」


言っててなんだがマグマの中で呼吸して酸素と二酸化炭素をガス交換できるのだろうか・・・


というよりも、そのような生体としての流儀が必要なら、低酸素やある種の気体を呼吸するだけで簡単に死んでしまうじゃあないか。


先程頂いた馥郁たる芳香の美酒も……


ひょっとして、酒で酔えなくなってしまったのではないか?



「ボロロウェリアブクブクブク……」


セバスが尋問用であろうか、洗面用であろう桶にアタマを突っ込んでいる。


ナニをやっているのか…


「ウェラボボボぁあ、水のなかで息が出来る……」


新しいオモチャを手にいれた子供を連想し微笑ましく感じながら、私はしばらく彼を見守ったのであった。

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