ふたり目10

「使徒よ、聖名を聞かせ賜え」


「あっ、ゾイエです」


反射的に他人の名を騙ってしまうこの自分の小物臭さが愛おしい。

しかも魔人の名で人名ではない。


「使徒ゾイエ。私に神の愛を授け下された。感謝いたします」


男は私の前に跪き胸に手を当てると、立ち上がり何処かへ去った。


え?なに??脳みそバグったの???



・・・まあ、すぐに死ぬであろうよ。


気に掛けるほどのことではない。



心に立ち込め始めた言いようのないモヤをどうしようもできずに、ただ歩くことで振り切れまいかと両足を動かし続ける。


子どもの頃のように疲れも知らず、気づけば土煙と重い蹄の音を立てすれ違う武装騎馬軍団から離れた一騎に職務質問を受けていた。


「その姿、名のある貴族か医者、神官に侍る者と推察致す。何者か」


設定が、たしか医者設定を作った筈だ。

ファナソーナスは・・・ああ、家電製品の会社だった。

そう偉い医者の娘ヒギャー・・・じゃなくてハイジアだ。


「我が師の名は医聖にてみだりに口に出せませぬ。我が名はその娘ハイジア、師の使いの途中にあります」


そうだ。

騙り者など、名を利用しようという不埒者を警戒し口には出せぬのである。

決して忘れた訳ではない。


ああ、別に答える義理もなかったか。

いやいや、馬上のむくつけき戦士の野太い声で誰何を受ければ、その威に怯みて下着の中身まで曝け出したとてさもありなん、という体が相当であろう。


「おお、これは天祐か」


男は馬上から降りると我が前に膝をつき、言上の様で身を明かした。


「我が名はナモント。主君ギルキスに使える戦士です。我が主の娘アリゼーの病を祓うべく、癒しの奇跡や施術、技法を知る者を集めております。何卒召喚をお受け頂けますよう」


「すべてわかりました。貴君の主をおとなうとしましょう。では」


言い捨て・・・いや丁寧に肯定を返し踵を返そうとするが、寸でとどめられてしまった。


「あいやまたれい、我が部下に送らせましょう。・・・一騎来い!」


丁度列が通り抜けたか、というところで最後尾の一騎が反転しこちらへと馬を歩ませてきた。


「この御方を我が主の元へお連れせよ。医聖の弟子ということだ」


「承知しました」


現れた男は私を見る目に妙な光がある。


・・・ああ、欲情か。


気のある女が向ける目とは、また趣きが違うものよ。


ナモントを名乗った男が私をその男の前へと乗せる。


裸馬に布を敷いただけ、か。


「どうぞたてがみへお掴まり下さい」


感心なことに、後ろの男の体は汗まみれではあったが、不潔な匂いが無い。


尻の下のウマを、開いたヒザで緩く挟み込み、体を固定する。


動き始めた。


軽快に走り出す。


四本の脚を夫々に動かす、人で言う速足くらいの歩法か。


「医者の弟子とは、お小さいのに立派なことです」


「お恥ずかしい。未だ未熟にて」


後ろの兵士を見上げる。


「私よりも歴戦の方々こそよっぽど人を楽にする術をご存知の筈。いかがでしょう」


目の光はそのままだが、表情筋の微細な動きに、なにか私を憐れむような趣がある。


「・・・動かなくなった戦友の顔に安息の色を見ることはあります。しかし、それを我が子に施せるかとなると・・・想像だけで済むことを祈るのみです」


「主君の子息・・息女が病と聞きましたが、そうでしたか」


期待を見破られたか。

・・・いや、捨てろ。

私はもう殺さぬ。




そうだな、胸糞どもには殺す代わりに原罪回路を埋め込んでやろう。


あのバグった人間がなぜ私の心を不安に騒めかせるのか確かめなければ。

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