ふたり目9
数キロ上空へと飛び上がりクレーターのようにへこんだ街周辺の先へ街道のようなナニカを見つけた私は、そこへ降りる・・・れなかった。
クレーターより、まだ遥か手前に着地してしまう。
もう一度、斜め前方を意識して飛び上がり、彼方に光る城壁を発見した。
・・・が、再び・・・クレーターの中ほどより手前、というあたりに着地する。
重力を振り切るのは簡単だが・・・空中での推進力が無いため、高密度になった前方の空気に上へと押しだされ、さらに膨張により押し返されてしまう。
三度目でなんとかクレーターを跨ぎ終えると、あきらめて再び歩き出した。
虫の羽音や小鳥の声を聴きながら半日ほど歩くと、わたしの心は前世平和だったころの心を取り戻していった。
わたしはもう、一生分の官能をドブに捨ててしまった。
これからは人の為、前世では偽りという字の大元へと還るためにこの身を尽くそう。
そう、人の喜びこそが私の喜び。
前世の我が子が、タケシがおいしいと笑う顔を思い出す。
ケータイの待ち受け画像やキーホルダーに下げ、見るだけですべての苦悩、辛さが吹き飛んで行く。
足場を踏み外し落下し、入院中の血液検査を受けるまで自分が二日丸々なにも食べていなかったことを気づかないこともあった。
すべてのヒトが、タケシだ。
愛を知らぬ動物、人間。
自分だけが不幸の只中にある、と言いながらずっと俺のターン!を続ける差別と愛を取り違えた醜悪な生き物。
無論、自省だ。
まずは全ての人間にタケシと同じ愛、と信じられる差別をもつことから始めよう。
「ヒャッハァアアア!女だぁああああ!!!!!」
「うるさい死ね」
得物が無いので、体液で汚れぬよう全ての関節を逆に曲げてゆく。
どうやら一体しかいないようなので、丁寧に味わい完璧に頂いた。
「はっ?!」
気付くと私は、浅ましくも一人の死をを完全に、あますとこなく貪ってしまった・・・おお、なんと罪深い。
宗教、社会を形にするための大元の教え。
そのもっともポピュラーなコマンド、原罪。
生きるだけで罪である、そう圧し自由を制限する。
なぜなら他人、他の生命を傷つけることに喜びを感じ、奪うことでしか生きてゆけない、それが人間だから。
あれをするなこれをするな、一億の人間に安息を与えようとするなら聖書、ブラックリストは数センチの本が六冊も必要になった。
コトバを覚えたばかりのひな鳥のとき、親や保育園の先生から教わった「人を悲しませるな」「されて嫌なことはするな」二つだが一つ・・・そう、情けを教えるだけで既に二つになってしまう。
それさえ守っていれば・・・まあ、人類は絶滅してたな。
いつの間にか、何の気なしに首を掴んで引き摺っていた臭い男を見る。
元気に暴れているその様は、なにかの虫を彷彿とさせる。
まるで害虫のようにそこかしこに湧いて出るこの男たち。
剣という、打ち直せば数本から10本程度のより強い槍という武器になるというのになぜか人気で誰もが持ちたがる謎の武器を振り回し、弱者を切り刻もうと襲ってくるこやつらに、不能コマンドを送り続ける原罪という思考の回路をどうしたら組み込めるのだろうか。
男の頭に向かて手をパタパタと振りながら、呪文を詠唱する。
「清く正しく生きよ。他人のモノを奪うな。人の喜びがお前の喜び。他人の悲劇は何よりも苦しい。とにかくなんでも分け与えよ。危機を目前にしたらば、最後に逃げよ。自らの生は常に他者の下にあると思え・・・」
これは・・・呪いなのでは?
生きられまいよ、こんな条件を架されたら。
暴れなくなった男を放す。
男がこちらを向く。
垢じみた肌。悪臭を振りまく汚れ切った長いヒゲと頭髪には、皮脂や汚物が数珠のように垂れ下がっている。
しかしその顔には、清冽に澄んだ輝きを湛えた二つの青い目、固く閉ざされつつも柔らかく上がった口元、瞳の意思を補い強めるように真っすぐと引かれた眉があった。
ええ!?
「おれ、全て知った」
文字にすればそれだけの言葉だが、私にはこう聞こえた。
「私は目覚めた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます