ひとりめ5

「おい、ジョン!先生を連れてきたぞ、あとちょっとの辛抱だ」


土間からそのまま土間に置かれたベッドへ・・・いや、この家、床が無い。


汚い寝藁の上、赤いカオで苦しんでいる子供の顔を目にして胸が痛む。強く。


「なおれ~治れ~」


手でパタパタと扇ぐ。


男とその妻であろう女・・・どちらも小汚くはあるが美男美女と言える範疇である・・・から胡乱な輩を見る厳しい眼差しが私に向けられる。


さもありなん。


しかしかまうことは無い。

二人の成人程度では、わたしを物理的にどうこうすることは不可能なのだから。


安らかになった子供の寝顔を見、掛物もないその手をとりあげて脈を診る。


よし、生きてる。


「治りました。どのような症状でしたか?」


「おまえ、農民相手だからと・・・おお、ジョン!」


親のキレ気味の声に起こされたのか、子供が眼を瞬かせながら起き上がる。


ジョンはそのまま男に抱き上げられ、両親に抱擁される。


他人事ながらよいものを見た、と心からじんわりとした温かさが広がった瞬間、胸の真ん中に暗黒の水晶を打ち込まれたような暗く冷たい痛みに全身が硬直した。


苦しむ子供に、治ってくれと願い続け詐欺と知りつつも神の水と嘯くおたかい水道水を飲ませていた、あの日の自分。

貯金や財産を担保にありとあらゆるところからあらゆる仕法で金を借り、死病が治ると豪語する怪しげな医者を巡り回り悉く詐欺られ続けた暗黒の日々。

倒れた妻。プラスチックの管だらけにされ、曖昧な精神のまま命の最後を迎えるしかなかった最愛の二人。


そして二人の骨を枕元に、黒く重く逃れられない痛みと恐怖、その裏腹の孤独と憎悪に沈んで消えた自分。



明るい三人の声に押し出されるように、私はその場を離れるしかなかった。



街道とは逆の、井戸と立木・・・風よけに残されているのだろうか・・・の並ぶ中庭を歩き、幹の太い一本に背中を預ける。


感情とは、人類に文字が発明されて以来繰り返し伝えられてきたように心を駆動するための信号だ。

この黒く重い焼き焦がされるような痛みは、自らが死ぬか、今を笑い幸福の中を生きる人間を悲劇へと突き落とすことでしか雪げない。


彼らを血祭りにあげ、いつかの自分と同じ苦しみと憎しみに歪む顔を見ることが叶えば、きっとまた心より笑うことが出来る・・・そんな気がするのだ。



「ムリだろ・・・」



出来るなら、快癒した息子を抱きしめる二人の目の前で垂涎堪えず跳び付けたハズだ。

子どもを奪い、親二人の抵抗を嘲りながらいなし、子供をゆっくりと千切り裂いてゆく。


残すなら男と女、どちらがより明るい未来への布石となるか?などとそこそこ真剣に、ほんの慰みに買ったロト6を削る程度には真剣に考えながら。


生前・・・前世の暮らしで得た教育や物語、社会への参加によって幾重にも厳重に架された精神の檻。

そのあまりの強力さに愕然となる。


このようなザマでは、いくらちょうきょうりょくですごいちから、などというものを与えられたとてまったくの不能者、無能力者ではないか。


こうして今のように、まるで気弱な子供のように、自分を笑いあざける学友世界に背をむけ、距離をとることしか出来ない。



「そうして追われた弱々しい姿を見れば、追い打ちを掛けたくなるというのも人の性か」



家から男があらわれ、こちらを気づいたのか歩み寄ってきた。

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