ひとりめ4

「うっ・・・さすが白人、すごい量だ」


毛抜き魔人ゾイエのローラーを矯めつ眇めつ、一人目の妻の頭髪を思い出す。


美しい頭のカタチにぺったりと沿ってなめらかに肩に落ちる髪質は細く軽く、当時でも薄くなりかけてきた自分の生え際ほどの毛量にしか感じないのに雨の日は雪ん子か、というほどに両肩ごと全身を覆いながらモッサリと膨張していた。


美容室でパーマでもかけてきたのかと思うくらい。


余談であるが結婚式の二次会は私がドレスで彼女がスーツだった。


酷く好評で写真を見たナオミからも「なぜ別れた」「地下に隠してないのか」と執拗に接見を要求された苦い思い出がよみがえる。


「しかしおっぱいも出て無いし顔も眉や鼻が邪魔で前が見えないなどの障害もないからフツーに異世界人という可能性もある」


ゾイエに絡まりまくっていた色の無い毛を毟り捨てながら希望的妄想を呟いてみる。


そうだ、ムダ毛処理や化粧生理用品など無用のエルフという可能性もある。



・・・いや、すでにコレだ。


足元の草にまき散らされたウブ毛を見て、溜息をついた。



いや、ヒトがアフリカより出でて、数十万年という歳月を厳寒の地獄で磨き上げられ完成した肉体と頭脳と美貌をもつ超越的種族に何の苦労も・・・いや、前世の不幸と引き換えて幸運にも手に入れたのだ。


そういえば、なにかちょうスゴイちからなどという能力も受け取っているらしい。


両手を胸の前にあげ、小指から軽く握り込んでゆき親指でロックする。


……ほにょん、と握りぷにょん…とロック…できねーよ!

伸ばした親指で中指の第二関節を押し出す握りも試すが、とても何かを殴れる拳には思えない。


なにもかも、全てがどうでもよくなり、雑に拳を固める。


「えい」


握れば飛び出たピンク色の拳骨の下にぷっくりとかわいらしいエクボができるコブシは、まるでミルフィーユを潰すように易々と木の幹にめり込んでいった。


げえ!?


「うわ、ごめんごめん、治れ~なおれ~」


コブシ型にへこんだ幹を必死にパタパタ扇ぐと、すいっ・・・と傷が消えた。


ふう、危ないところであった。

このような不思議パワーが手軽にまかり通ってしまう世界である。

これから身の丈を越えたチカラにまかせ自儘に振る舞い敵を大量生産してしまうことは最早疑い様がないのだから、生命体や社会的階層へのアプローチに関しては細かくも真摯に自分の行動の因果を整えてゆく必要がある。


安堵の溜息を洩らしたところで、農家(仮)から男が飛び出し納屋へと飛び込み、今一つやる気の無さそうなロバ・・・にしては毛足が恐ろしく長い・・・に飛び乗ってこちらの街道へと駆けだしてきた。



「ん?・・・おい、お貴族様の従者か?なんでもいい、医術に心得のある人間は連れていないか!?子供が病なんだ」


んっ、これは・・・恩着せがましく助けて感謝され気持ちよくなる機会だ。


「私は医聖アスクレピオスが娘にして不肖の弟子、ハイジア(ほんとはヒギャアア!と読むらしい)と申します。見れば旅支度の間もなく着の身着のまま、火急の事態と察するが師へ症状を報告し素早い診断を仰ぐためにも、まずわたくしに診させて頂けまいか」


無駄に遜ってしまった。

もっと居丈高に振る舞わないと、頼りなしとして信用を得られないかもしれない。

成熟なき社会の世に於けば、人はみな恐怖にしか畏れを感じないのであるから。


「なんと有難い!お願い致す。ささ、こちらへ」


杞憂にもかからず男は一瞬でわたしに信を置くと、貞子(昔のホラーに出てきたワンレン美女)のような毛長ロバから降りて私の手を引き家へと足を返した。




手を引かれる瞬間に感じたことであるが、相手の行動の意を察し自ら体の動きを合わせてゆかねば思わぬケガを負わせてしまうことになるかもしれない。


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