第5話
全ての組で終礼が終わり、廊下は生徒で溢れ返っていた。
爛々と目を光らせ、そっと忍び寄るJK。
朱莉の背後から抱きついて胸を揉みしだく。
「ちょっとやめてってば」
「ねぇねぇ、あのイケメンが狙ってる人でしょ。白状しなさい」
「違うって」
コソコソ話しても俺たちには丸聞こえ。
『ファンサービスしてあげなよ』と博和の横腹を肘でつついてやる。
普通の男だったら恥ずかしがって困る所なのに、この男ときたら。
「あれ、久しぶり、髪切った?」
の三拍子で女共をキャッキャさせた。
朱莉もつられて跳ねてはいるものの。
博和を好きなライバルは多い。
後から来た女の群れに押されて去っていく。
最後に「連絡しなさいよ」と俺への恫喝は忘れない。
博和はともなく絶えぬJKとイチャイチャしていた。
一方で退屈な俺は、窓際に寄ってボーッと青空を眺める。
仲つつまじい二羽の白鳥が横切っていった。
どこを見渡しても世の中には愛が溢れていやがる。
「爆発しねぇかな」
青春ってイケメンと美女にしか約束されてないのだろうか。
そう思っていたら俺の肩に優しく手が乗った。
「榊原、明日の放課後、生徒指導室な」
担任の石田。
白い歯がいつもより光って見えた。
この喧騒で会話の内容は聞こえなかった。
そう言うことにしよう。
また空を見上げ、石田が油断するのを待つ。
逃げようとしたら、俺の代わりに博和が口を開いた。
「わかりました。僕が責任を持って、生徒指導室に連れて行きます」
「おお、博和か。サッカー部の最後の大会に気合が入ってるそうじゃないか。そんな中、榊原が迷惑かけてすまんな」
「いえいえ、これも良き親友の役目ですから」
この野郎。
俺が窮地に立たされたのを良い事に、自分の評価を上げやがった。
疫病神であり、女たらしの、裏切り者に一言言わせていただきたい。
「絶交な!」
発狂すると一斉に視線が集まる。
やはり博和と一緒にいると良いことがない。
「さっきはごめん。だから匿ってくれ。ジュース奢るから」
俺はとっさの判断で近くの教室に博和を蹴飛ばした。
追いかけてきたのは『ヒロカズクラブ』の団員たち。
この学校では有名だ。
それを初めて知った時は、生きてる次元を間違えたのではないかと思うほどに耳を疑った。
今時そんな個人崇拝のようなクラブは有りなのか。
有りなのである。
博和に話を聞くと、団員たちの群れから這い出て、命かながら逃げてきたらしい。
「今日は多かった」と余裕だったのがまた絵になる。
いつ遺影にしてやるか。そろそろ本気で考えないとな。
もう面倒ごとは御免だ。
先に帰ろうとしたのにピッタリくっついて来る。
博和がヒロインだったらと切に願うこの頃である。
下駄箱につくと、汚れ切った上靴を入れて、代わりに運動シューズを出した。
座って蝶々結びをしている俺の視線の先。
片足で立ちながら器用に靴紐を結んでいる博和の、引き締まったふくらはぎの筋肉と脱毛された足をしばし眺める。
その視線に気づいたのだろう。
博和はいち早く結び終えて、笑顔のマッスルポーズを見せつけていた。
心の底からムカつくが、奴のペースに乗るのは癪なので、あえてスルー。
「今日は真っ直ぐに帰宅かい」
「幽霊部員はそう何度も顔を出すものじゃない。部活に行ったってどうせ雑談しかしないし。せめてヌードデッサンでもあれば喜んで行くけど」
「絵画コンクールで最優秀賞を取った奴の言うことは違うね。僕が喜んでモデルになろうか」
「変態は来るな」
「遠慮はしなくていい。僕の肉体は凄いよ」
「じゃあ、帰るから」
博和の過剰摂取はとてつもなく有害だから、今日はさようなら。
先に昇降口を出ようとしたのに、走って追い抜かされる。
「明日の放課後は忘れずに生徒指導室に行けよ」
「それに関しては子孫百代まで恨む。俺は化けて出るタイプだからな」
「幽霊部員に言われると説得力が違うよ」
可愛いは正義 タツカワ ハル @tatekawa-seiya
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