第3話

チャイムが鳴って、俺はクラスの誰よりも早く行動した。

全ての教科書を机の中に押し込んで、軽くなったカバンを持ち、堂々と教室を出る。


「おい、榊原! まだ帰るな! 号令をしてないぞ!」


背後で先生がうるさかったが、いつもの事なので放っておく。

「戻ってこい!」と諭す委員長、捕まるとまずいので逃げる。

俺はいたって普通だ。

陰で呼ばれるあだ名が『宇宙人』だとしても普通だ。

彼らが何を考えているのかわかるし、それ相応の行動をあえてとっている。

だからこそ、俺の居場所はここにはない。

世界に1人くらいはこんな奴がいたって良いと思う。


疲労に耐えながら廊下をフラフラと進んでいると、急に背後から突き飛ばされた。

2組の教室から出てきた人物に当たらないよう華麗に避けると、結果としてバランスを崩し、両手で壁ドン。

キスしそうな位置に容姿端麗な顔があった。

朱莉だもの。可愛いとは思わない。


沈黙はほんの数秒で、ハッとさせられた。

お互いが唾を呑んだがために息遣いは聞こえない。


「あ゛っ!」


『あ』に濁点がつくあたり、朱莉は相当に怒っている。

どうするのが得策かわからないので、俺も同じ発音をオウム返し。


それに割って入るように背中を押した犯人。博和が腹を抱えて笑っていた。

朱莉から離れる大義名分が欲しかったので、詰め寄って窓辺に追い込む。

罪は一人で背負ってもらうぞ博和。


「お前な。朱莉に殴られてからじゃ遅いんだぞ」


「うん、危なかったね。でも、ボコボコにならずに済んでよかったよ」


コイツ白々しい。


「朱莉、コイツが犯人だからな。壁ドンは不可抗力であって、責めるべきは俺じゃない。ボコせ博和を」


そうすれば大好きな博和に正当な理由を持ってくっつけるぞ。

行けよと手で合図を送ってやったのに、勘の悪い奴だ。

どうして俺ばかりをそんな目で睨む。


「見くびらないで。心の広いあたしはそんなことで殴らない。壁ドンなんてされ慣れてるもの」


自慢げな朱莉だったが、その胸に手を当ててよーく考えてみてほしい。

お前は誰かを許せるほど優しくない。

発言から推測できる有りとあらゆる可能性を最大限に導き出す。


「いつドッペルゲンガーと入れ替わった?」


瞬く間にパシッと頭を叩かれる。いつもの朱莉だ。

そして、やっぱり暴力を振るうじゃん。

痛がっていると「よしよし」と博和に頭を撫でられた。

好きになっても良いですか。

一瞬の気の迷いを振り払い、素面に戻ると朱莉の背後に隠れた。


「博和、お前、ほんとそう言うところだから」


「ごめん、僕って天然なんだ」


語尾に見えないハートがついてくる始末。

博和の顔を凹ますくらいじゃ生ぬるかった。

跡形もなく存在を消しておかないと。

すると、朱莉が俺の方を振り返って


「そういえば、榊原はさっき連絡するって言ってたけど、誰もスマホの連絡先を知らないのよね」


「まぁ、誰にも教えてないからな。でも教えるべきだよな、友達だもの」


「「・・・・」」


数秒待ったが、朱莉と博和は俺の発言に対して無言を貫く。

その代わりにスマホを取り出して連絡先を交換しあった。

登録方法を知らないので手取り足取り教えてもらう。


つまり、俺らは友達ってことでOKだよね? ね?

初めからこうすればよかったんだ。

連絡先を知っていることは友達である何よりの証拠だろう。

そう思い込むことにした。


「それはそうと僕らは友達じゃない。・・・・・・・・親友だろ」


博和の決め台詞にドキッとさせられた。

どこかの青春ドラマから借りてきたようなセリフを、息をするように吐く。

博和は俺のハートを本気で狙っているのではないか。

甘ったるい声で今にも糖尿病になりそうだ。

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