第2話



「キョウツケ、レイ!」

3限目のチャイムが鳴ると、地獄の時間がまた始まった。

委員長の号令でクラスメイトがわざわざ起立すると一斉に頭を下げる。


号令では言う必要のない「お願いします」を大声で叫ぶバカが必ずやいる。

鼓膜がはち切れそうなうるささ。

そして、それを聞いて猿みたいに喜んでいる陽キャたち。

どこの惑星から来たのだろう。


格式? 伝統? 馬鹿馬鹿しい。

俺は周りに流されず、礼の時も着席したまま外の景色を見ていた。


春になって、気候は落ち着きを取り戻している。

雲になりたい。

遥か上空で人間を見下しながら風に流されているだけでいい。

窓側の後部席で本当にラッキーだったと思う。


「え〜、と言うのは、であるからにして・・・・」


俺は教師のことを一ミリだって信用していない。

それが募り募って今となっては反抗と言う形になっている。

教科書に書いてあることを、わざわざお経にして読み上げてくれる。

お坊さんの才能があるから、今すぐにでも出家したほうがいい。


「この『可愛いは正義』って本は誰んだ? 教卓は私物の置き場所じゃないぞ」


しまった。そういえば本の存在を忘れていた。

博和が投げ捨ててそのままだった。

クラスメイトがヒソヒソと笑う中、手を上げて立ち上がる俺。

恥ずかしさを感じつつも、人とは違う優越感があった。


「また榊原か。こんな物を読んでいる暇があったら勉強しなさい。来年には無職か」


その言葉が今まで我慢していたクラスメイトの笑いを誘う。


「宇宙人は地球じゃあ就職できないもんな!」

「可愛いに正義って何だよ!」


寄ってたかって俺を笑い物にする。

教師を含め、ちょっと勉強が出来るくらいであまり調子に乗るなよ。

俺は無職を愛してる。

将来の夢は出来るだけ働かずに給料泥棒すること。


何事も極端は良くない。

『本気』で何かを成し遂げようとする人にとって『無職』から学べることは多い。だから皮肉を込めて返す。


「先生にはもっと愛嬌が必要なんですよ」


その時の静まりかえった教室を、目を丸くした先生の表情を俺は一生忘れないだろう。

『可愛いは正義』という本がコトリと床に落ちた。

前言撤回、先生可愛いじゃないか。



簡単すぎる計算にとうとう嫌気がさしてきた。

シャープペンを真っ二つに折って怒りを表現したい気分。

自分だけ先に進みたいのにそれは許されず、残った時間で何度も見直せという。

修行に耐えきれず、憎たらしい教師の似顔絵をノートに書き連ねて、終いには力尽きた俺。

いつの間にか寝てしまっていたらしい。


・・・・

どこからともなく騒がしくって、重いまぶたを開ける。

教師が隣に立って、つまらなそうにジーッと俺を見下していた。

もう髪の毛はバーコード、定年まであと何年だろうか。


ここで一発芸を披露してクラスメイトを笑わせる気分ではない。

先生の目には哀愁が漂っていた。

拳骨で叩いたりすると、体罰で問題になるから傍観したようだ。

ほんとお互いに肩身が狭いよな。


「罰として、このページの問題を全て解いて、黒板に書き写しなさい」


今は昔と違って廊下に立たせてくれない。

そうすればもっと楽に遊べるのに。

逆に問題を解けだなんて、どんな拷問ですか。


欠伸が出た俺に笑いが巻き起こった。

「よっ! 頑張れ宇宙人!」またしても揶揄ってくる。

違うだろ。俺が眠らないように頑張る必要はない。

これは一種のボイコットであって、問題はつまらない授業をしている教師がいけないんだ。


『もっと集中できるように工夫しろ』というなら俺を縛るな。

そして、教師こそ『もっと授業が面白くなるように工夫しろ』

結局のところ、本当に学力の向上を図るなら自分でやった方が何倍も早い。


重い腰を上げると、教科書片手に歩み出て、チョークを黒板に滑らせる。

「榊原、その問題じゃない。次のページだ」

と教師が言うのは、大して問題じゃなかった。


俺は今、運命的な出会いをしていた。

ベランダの手すりに鳩が止まって「アッホ。アッホ」と鳴いている。

つまりはそう言うことだったんだ。


雲になって人を見下そうとなんて思っちゃいない。

せめて鳩になりたい。

息を吐くように、しかし、悪気のないままに人を小馬鹿にする。

そんな人生でいたいと心から願った。

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