可愛いは正義

タツカワ ハル

第1話


「気をつけ、礼!」


合図と同時に椅子と床が擦れて、甲高い悲鳴が耳に痛い。

数学の授業が終わり、少し長めの休憩に入った

それなのに、ホッと一息つく暇さえない。

決まってこのタイミングに、懲りずに天敵がやってくる。

これと言って用事がある訳ではないのに。

曰く、俺を揶揄うのが癖になっているらしい。


3組の入り口がざわついて、教室に入り込んで来る天敵。

視線のアーチをくぐり抜けて、堂々と俺の前に立った。

片側の口角をわざとらしくあげる、いつもの仕草はそれだけで不快。

いつもいつも、災難を呼ぶのはコイツの仕事。

『実は疫病神なんだ』と告白されても驚いたりしない。

さて今日はどんな厄を持ってきたのか、恐ろしい限りである。

しかし、決してつき放つような真似はしない。

本当は話しかけられた事が嬉しい、なんて口が裂けても言わない。

唯一の男友達なので話くらいは聞いてやる。


「なぁ裕也、このマスコット可愛いと思うだろ」


デデン!

第一声、やたらと癖になる効果音付きで、机の上に置かれた食玩。

たかがマスコットに興味を惹かれる歳ではない。

期待に満ちた博和の顔を一瞥すると、「ふん」と鼻で笑って、教科書に挟んだ本に視線を戻す。


「興味なし」


次の瞬間にはもっていた本が消えていた。

というか掻っ攫わられた。

サッカーの部長だけあって瞬発力は凄まじいものがある。

そして、博和はその本の表紙を読むと顰めっ面をして、どこか後ろの方に投げ捨てた。

弧を描いて、教卓の上に閉じた状態で乗っかる。

謎にまばらな拍手が巻き起こった。

『可愛いは正義』という俺にとってバイブル的な本。

後で貸してくれと頼まれても、貸してやらないからな。

ため息を吐きつつ、コイツが持ってきたマスコットをボーッと眺める。

ガチャガチャでありそうな、目玉が飛び出た四足歩行の恐竜。

もし僕が名付けるならヘンテコザウルスぐらいが妥当だろう。

あまりにバカバカしいので、店で売れ残って淘汰されることを祈る。


「こいつお前に似てブサイクだな」


本のお返しとばかりにイジってやった。

すると、狙い通りに博和の薄ら笑いが止まる。

右のまぶたをピクピクさせるとは、なかなか常人にはできない高等テクニックもあったもんだ。

間髪入れずに返答がきて


「冗談を言っちゃいけない。去年のバレンタインデー、靴箱一杯に入ったチョコの山を覚えているだろう。僕は自分が恐ろしいほどにモテるみたいなんだ。別にこれはチョコを1つだって貰えなかった裕也に喧嘩を売っている訳じゃないからね」


「ちなみに俺は貰ったからな」


「はいはい、お母さんにね」


イントネーションに嘲笑が混じって、コイツの悪い性格が出てる。


「妹からチョコを貰った。世の非モテと同等に扱ってくれるな」


「ダウト。妹ちゃんは裕也にチョコをあげたりしない。絶対にね」


「リビングのテーブルに出来立てが置いてあったんだ。これは『どうぞ食べてください』と言っているようなものだろう。だから美味しく頂いた」


「・・・・本気で言ってるのか?」


「もちろん」と言うと博和は含みのある顔になった。


「裕也の面白いところは冗談と本気を履き違えてるところ。でも後日談があるんだろう?」


「ああ、盗み食いの犯人探しが始まってこっ酷く怒られたさ。妹のツンデレには困ったものだ」


博和という名の疫病神は尚も苦笑いを続ける。

にしてもイケメンだ。殴って変形させてやりたい程にカッコいい。

おかげでさっきから沢山の視線が集まっている。

廊下から他のクラスの子が様子を見に来ていた。

女子がお前の事を噂してるぞ。男は怖い顔つきで睨んでいるけどな。

とにかく、目立ちたくない俺としては早く消えてもらいたい。

友達として繋ぎ止める最低限度の会話はしたから、もう帰っていいぞ。


「それでこのマスコットへの感想は?」


「気味が悪い。・・・・それでこれに何かあるのか」


「どうだろう。じきに知るよ」


無性にイライラしてきた。

コイツは俺と違って無駄を省くのが得意だ。要領がよくて勉強ができる。

それなのに今に限っては周りくどい。

何か意味があるのだろうけどそれがわからない、もどかしさ。


「それよりコイツは腹を押すと、目玉が飛び出すんだ」


プーと間抜けな音が鳴る。


「キモさに磨きがかかったな」


「例えるなら?」


咄嗟のフリに狼狽えた。「そうだなー」と言って考える時間を作る。

博和を笑わせるのに最も効果的なのは、共通してよく知る人物を引き合いに出すことだ。


「お前の横顔をジーッと見つめている時の朱莉くらい」


朱莉は俺たちにとって幼馴染に当たる。

小さい頃から母親同士の仲がよく、頻繁に顔を合わせていた。

その身近な人が好意を持っていると暗に伝えたのに、このイケメンときたらモテすぎて、顔色ひとつ変えない。


「言質取った。それじゃあ、頑張って」


一転、博和は俺を突き放し、そそくさと教室を出ていく。

まるで何かから逃げているよう。

友達なんだからここは嘘でも笑うところだろ。

いいよ、行っちゃうんだな。でも百歩譲ってヘンテコザウルスは置いていくなよ。

それに『頑張って』って会話の流れがおかしくないですか。

突如として寒気がした。パタリと辺りの会話がなくなり音が消える。

僕の背後にヤバいやつがいる。


「へ〜。あたしの顔に似てるんだ」


噂をすれば影がさし、ポンポンと俺の頭をそう何度も叩く。

あだ名は可愛い『アカリンゴ』。

赤くて美味しそうに見えるけれど、一口食えばそれが毒だとわかる。

顔は美形だけど、それを帳消しするくらいに性格が悪い。僕専用のいじめっ子。

あの疫病神、俺をまんまと嵌めて逃げやがった。


「このマスコットは朱莉のか?」


「そうよ、あたしの。だってあたしの横顔に似ているんですもの。あたしの以外に考えられる?」


「いいえ」


蛇に睨まれたカエル。

朱莉の腕がスルスルと首に巻きついてくる。

妙なマネをしたらそのまま首をへし折られそう。

今のうちに肺を空気で満たして、酸素を味わっておく。

朱莉の胸が後頭部に当たって鼻息が荒くなった訳じゃないから、そこら辺は勘違いするな。


「マスコットを博和に取られたから追いかけたの。そしたら興味深い話が聞けたわ」


「左様でございますか」


「あたしが博和の事を好きだって言ったわね」


「なんの事だ」というと朱莉の腕に力が入り、首が閉まって胸はもっと密着した。

たまらずか細い腕をタップする。


「どうやって償う気」


「校内で一番高いジュースを奢るんで・・・・」


「チッチッチッ。生ぬるい。あんたが赤点常習犯だって親御さんにバラす」


「却下」


「あたしと昔、付き合ってたことをバラす」


「却下」


「詫びて心臓を取られる。どれがいい?」


「ロクな選択肢がないな」


ベッドの下に赤点用紙の山を隠しているのがバレたら、親はとてつもなく煩い。

朱莉と付き合っていた過去がバレたら、四六時中、妹にいじられる。

どちらも地獄に変わりなし。


「取引をしよう」


「改まって何? パシリになるならそう言えばいいのに」


「違う。朱莉は少なくとも博和のことが気になっているはずだ。すると、両者の幼馴染であり、友達である俺は恋のキューピットになり得る貴重な存在。ここで殺しておくには惜しい。逆に利用したらどうだ」


少し間が空いて、朱莉にしては随分と熟考している。

そして、やっと解放されたと思ったら、代わりに背中を強く叩かれる。

乳と鞭・・・・飴と鞭ってこう使うんだと感心させられた。


「確かに一理あるわね。そう言うところは今も好きよ。でもひとつ間違いを訂正させて、あたしは裕也の友達じゃない」


友達だって信じていたのに、俺の独りよがりだったらしい。

衝撃の事実に目玉が飛び出るほど驚く。

ヘンテコザウルスに一番似ているのは俺なのかもしれない。


「じ、冗談だ。作戦を立て次第、連絡するから任せておけ。期待して待っていろ。ちゃんと恋の矢を研いでおく。それじゃあ時間もそろそろだし」


「あんたに言われなくてもわかってる」


一歩進んで何かを思い出したように止まると、スカートを翻して声が返ってきた。


「あっ、そういえばユズナから連絡きた?」


「東京に行ったユズナか? 懐かしいな。いいや連絡先すら知らない」


「一番仲が良かったのに残念ね。まぁ、アンタなんかに教えてやんないけど」


「うざ」


「今なんて?」


「いいえ、何でも」


そして、朱莉はさらに二歩進むと「あっ、忘れた忘れた」と言って、タタッと軽快なリズムで机の上のヘンテコザウルスを乱暴に掻っ攫って行った。


「この子は返して貰うから。今度貶したら、あんたの顔をこんな風にしてやるから、覚悟しなさい」


プーと音が鳴る。ヘンテコザウルスは握り潰され、見るも無惨な形になっていた。

用途はストレス発散らしい。目をつけられた俺の行く末が心配である。

行って帰って走り去って、騒がしい奴である。

博和と同じ2組なんだから、恋は自分でどうにかすればいいのに。

気の強い乙女とは表面的でしかないらしい。

俺の元カノと付き合うことになったら、やり難いだろうな博和。

だが楽しみだ。悪魔と悪魔は相性が良さそうだからな。

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