第3話「ボッチに席替えはツラい」

「湊、おかえり」


 学校帰り家に着くと一人暮らしではありえない言葉が返ってきた。今気づいたが、室内には光が灯っている。それに、さっきの声は。


 戸惑い過ぎて足元がぐらつきながらも、廊下を渡り部屋に辿り着く。


 見慣れた制服、肩口まで切り揃えられたボブヘアー、小柄な体躯、居るはずのない少女。不知火夜霧がそこに居た。


「なんでいんの?」


 不法侵入者に開口一番、ツッコミを入れる。というか、どうやって入った。どうしてという理由よりもそっちの方が大問題だ。


「ご飯にする?お風呂にする?・・・それとも、私?」


「お前だけはねえよ」


 半ギレの俺を意に介さず、不知火は上機嫌な様子で流暢に喋りだす。


「うん、ご飯とお風呂を一緒ね」


 風呂に入りながら、飯は無理だろ。下手したら、ご飯ビタビタの超薄味のたっぷり味噌汁が出来上がるぞ。それならまだ、不知火と飯か、風呂の方が現実的に可能だ。何を真面目に考えてるんだ。


「おいちょ、待て」


 不知火は急ぎ足で台所に向かってしまう。こちらの話を全く聞いてない。


「どうなってるんだ」


 ふと、気付いた。この家、いつものマンションじゃない。不自然なはずの場所なのにそれなのに自然に感じていた。


ここは、5年前父が生きていた頃に借りていた賃貸だ。椅子もテーブルもあの頃と同じ、家族で食卓を囲えるような大きい物。妹や弟が出来て家族が増えてもいいように大きめのサイズを買ったんだっけ。そういえば、いつも兄弟が欲しいと父にゴネていた。結局、叶うことはなかったが。


 いつのまにか、台所にいた不知火は幻だったように消えている。


 瞬きする度に消えていく。テーブルが、椅子が、テレビが、急速に情景が失われていき、真っ白になってとうとう夢の世界が崩れた。




「うわー、きっつ。なんて夢見てんだ」


 朝の目覚めは最悪だった。今日が平日でなければ二度寝を敢行していたところだが、あいにく学校である。


 あの日、不知火夜霧が訪れて二週間が経った。貸していた服は二日で返してもらい、俺と彼女はそれ以来一言も話していない。何か変化があったとすれば不知火が少し明るくなったことと、彼女の視線をよく感じるようになったことだ。どういう感情を元に眼で追っているかは知る由もないが、少なくとも意識されていると思っていた。が、それは昨日までの話である。俺は今朝あんな夢を見てしまった。不知火が俺を意識しているわけでなく、俺が不知火を意識するあまりそう感じてしまったのだろうか。


 まあ、つまるところ俺は普段通りの日常というやつにまだ戻れていなかった。


-1-


 高校生活が始まり既に半年が過ぎていた。友人も彼女も居ない状態、大半の学生にとって目を覆いたくなる現状だが俺にとっては喜ばしいことである。当然ながらクラスでは浮いており、グループを組むとなると余りものとして苦い表情で迎えられる。幸先の良い高校生活が始まったと思っていた。


 最近になって陰りが表面化してきた。


 一つは不知火夜霧。例の件からその後、関係に進展はあったわけではないがなんやかんやで関わることになるのでないかと危惧している。


 そしてもう一つは今目の前にいる中田翔というクラスメイトだ。確か学級委員長で今見たところ顔も整っているイケメンだ。多分、部活はサッカーだろう。完全に偏見だが、運動系の野球とかテニスとかそっち系統に所属していると思われる。俺がボッチの陰キャだとしたら、中田はリア充の陽キャだろう。まさに正反対、相容れない対極の存在なのだが中田はクラスカースト下位の者を下に見るタイプではなく皆と上手くやれるよう奔走してくれる非の打ち所がない完璧な男だ。


 一般ボッチには神か救世主なのだろうが、俺には悪魔、それもサタンとしか映らない。構わないでもらいたいが方法を間違えると角が立ちすぎてそれはそれで問題が生じてしまう。人と関りを断つには丁度いい嫌われ具合じゃないと返って逆効果になる。


「今日席替えやってくれるらしい」


「そうなのか」


 素っ気なく次のトークに繋がらないように返答する。席替えか、不知火と中田とだけは隣になりたくないな。


「なんだ、つれないな。席替えなんて学校での数少ない醍醐味じゃないか」


 そういって、俺の肩に中田が腕を回す。俺の嫌いな人種がよくやるやつだ。そもそもなりたくないやつがいるだけの席替えなんて楽しみなわけがないだろう。なりたいやつとか好きな異性がいる場合に限られる。


「好きな女子は居ないのかよ」


「いない」


「気になる女子は?」


「いない」


「可愛いと思う女子くらいはいるだろ」


「・・・いない」


 正直、不知火含め数人はいる。とはいっても隣の席になりたいとかそういう願望はない。


「今の間は知らないフリを通してあげよう」


 この手の種の人間は追及を止めないところだが、中田は引き際がいい。


「今日はやけにしつこいな」


 いつもならせいぜい会話のラリーは2、3回で中田は去っていく。それでもことあるごとに俺に話し掛けてくる辺りメンタルは相当強い。


「ああ、俺の目標は今年中にお前を落とすことだからな」


「友達100人でも目指してるのか?」


 もう100人居そうだし、俺をスルーしたほうが早く達成すると思うぞ。それこそボッチの不知火のところに行ってほしい。中田なら相手が異性であろうと問題なく話してるしな。


「まあ、そんなとこだな」


「だったら俺じゃなくて不知火のところにでも行ってくれ」


「それはちょっとな・・・」


 何故か歯切れが悪い。俺が知らないだけか覚えてないだけかもしれないが、中田が不知火に話し掛けているところを見ていない気がする。


 中田が周囲をよく見渡してから小声で切り出す。


「実はさ、不知火さんのこと好きなんだよね」


 我慢しようとしたのが本当に、笑いが漏れ出てしまった。


「おいおい、折角腹を割ったっていうのに」


「いや、悪い」


 正直二重の意味で驚きだった。一つはもっと明るいザ1軍みたいな女子を好きそうだと思っていたのと───。


「いや、中田がそんな、好きな子だから話しかけれないなんてピュアな理由だと思ってなくてつい」


 もっとガツガツ攻めるタイプだと勝手に思っていたんだがそうでもないらしい。


「可愛いとこあるだろ、俺」


「そうだな」


 好きな子には奥手とかそこは素直に認めるしかなかった。


「そこで席が隣の湊に訊きたい訳ですよ。なんかない?」


「なんもないな」


「大マジ?」


「ああ」


「マジか」


「強いていうなら友達は欲しそうにしてると思うけど、そんくらいだな」


 そこで中田と俺の会話は終わった。まだ中田は話そうとしていたが中田の友人Aに救われた。中田を呼んでくれた友人Aには感謝している。


 そして初の席替えが始まった。内のクラスはくじ引きで決めるらしい。まあ、取り合いになったら揉めるだろうし、俺と不知火が最終的に空席を貰いまた隣になる未来にしかならないので助かる。40人クラスで奇跡的にまた同じ人と席が隣なるなんてまず起きない。不知火とは離れることになるだろう。あとは中田の近くじゃなければ完璧だ。前とか後とか窓側とかはどうでもいい。


 くじの順番は最後が俺でその前が不知火らしい。そして今、最後から三人目が引き終わり残った席は二つなんと隣同士である。まじかよ。クラスの皆から安堵する声が聴こえたのはきっと幻聴だろう。


 だが、俺の席替えはまだ終わってない。後ろの席で黒板が見えないなら前の席に同じ列でなら交換できるらしい。あとは交換相手なのだが、二つ前の席に中田が居る。役満だぜ。


「中田、悪いんだけど」


 俺がそう声を掛けたらなにやら周囲がほのかにざわめき出した。


「お、ついに心を開いてくれたか」


「黒板見えないから席交換してくれないか」


 戯言を華麗にスルーし、見える黒板を見えないと嘘をつく。中田の隣の席の女子が心底嫌そうにしていた。周囲の奴からも浮いている奴は真後ろでなるべく被害を抑えろという気持ちが伝わってきた。


「オッケー」


 気持ちの良い返事をしてくれた。


あとは今日までに各自で調整してくれと担任の投げやりな言葉と共に席替えは終わった。




俺は隣に視線を向けるとやはりそこには不知火夜霧が居る。あの後、中田の隣いた女が不知火と席を交換したらしく結局同じ結果になってしまった。前の席から後ろにはいけない筈だが、押しに弱い不知火があのガツガツとした女に言い含められたのだろう。


これから暫くはまた不知火と席が隣同士のままになるのだろう。


-2-


 朝、家から出るとマンションの階段の降りた先から少し離れた場所で不知火夜霧が佇んでいた。何故待っているのか、何を待っているのかと思い、少し視線を向けるとピッタリ目が合った。表情は何やら不安そうで困っていることがある感じに思える。 


 お互いにアクションを起こさず、挨拶でも交わしとくかと思った矢先に不知火は視線を外し小走りで通学路を駆けていった。


「どういうことなんだ」


 訳が分からなかったが、学校につけば席は隣である。勘弁してほしいがもし、本当に何かあるのなら話し掛けられるだろう。そこから放課後まで朝のことは何も無かったかのように会話は起きず一日終わるかのように思えた。


 放課後、職員室に呼ばれた。心当たりもなければ、俺のことを呼んだ女性教師は他の学科の副担で授業も受けていない筈だが何の用なのだろうか。


 職員室の扉の近くには不知火が居る。ただ用のある教師を待っている様には見えず、不知火も職員室を確認している素振りが見受けられない。大分、嫌な予感がしてきた。


 意を決し職員室へ向かう。俺を呼んだ教師、水梨先生は俺を見るや否や手を振って手招きしていた。見た目は二十代後半の若い部類で、意欲を感じる活発さが顕著に出ている。


「湊君、ごめんねー、急に呼び出しちゃって。実は折り入ってお願いがあって、といってもそんな大したことじゃないんだけどね」


「とりあえずどんな内容か教えていただいていいですか?」


「実は夜霧ちゃんがストーカー被害に合ってるみたいで湊君には一緒に下校してほしいの」


 あまりにも軽く言われたが、不知火がストーカーに合ってると、それで俺と。内容的には全然大したことあるじゃねえか。


「ほら部活動にも入ってないし、お家も近いんでしょ」


 確かに条件だけ見たら完璧な人材ではあるのかもしれないが、友人とかは、居ないんだった。


「他に候補はいないんですか?不知火とは別に仲が良いというわけではないので」


「今のところはいないね。他の生徒に頼もうと思えばいけるかもだけど、湊君と比べると負担が重いし。それに一緒に下校といっても5メートルぐらい放して歩いてくれるだけでいいんだよ」


 そこまで言われるといよいよ断れなくなってきた。実際、友人の居ない不知火の場合は俺が適してるのだろう。でも気が進まない。帰り道は間違いなく地獄みたいな空気に包まれることになるだろう。それはいいが、不知火と関わりたくない。


「それに夜霧ちゃん、湊君にお願いしたいんだって」


「俺にですか?」


「誰か居ないのか訊いても最初は渋って言ってくれなかったんだよ。そこを説得してなんとか訊きだしたの」


 きっと俺に迷惑が掛かるからと思いついても遠慮して答えなかったのだろう。


「頼りにされてるんだから応えてあげなよ」


「・・・わかりました」


 渋々、了承することにした。ストーカーしてる奴が誰だか分からないがあの時の中年なら俺も完全に無関係ではないし、腸が煮えくり返る。


 それからは、水梨先生に事の概要を教えてもらった。ストーカー行為には3日前くらいから気づいたらしく、昨日は家まで付いて来られたこと。その為、不知火の住所は割れているらしい。警察にも相談したが実害が出ていないとのことで取り合わせてもらえず、該当区域の見回りの強化ぐらいしか得られなかったらしい。あと5日以上続くのなら別途で対策を練ったりするようだ。


 分かってはいたが証拠のない状態で、実害が出ていないつきまといでは動いてくれないらしい。まあ、何をどう動くんだというのもある。




 職員室を出ると申し訳なさそうな表情で不知火が待っていた。


「その、ごめんなさい。迷惑お掛けします」


「別にいいよ。ただ学校から離れるまでは5メートルくらいでいいから距離空けてもらいたい」


 不知火が俺の家に来た時と精神状態が違うから、無いとは思うが恋人みたいな距離感で学校を歩くのは勘弁してほしい。一応、前科一犯なので言っておいた。


「うん」


 それにしても不知火はここのところ大変な目にばっかり合っている。父親が亡くなって、精神が参っているというのに、ストーカー被害である。流石に同情くらいする。




 一緒に下校といっても距離もあるし何か会話が挟むことはなかった。不知火の顔は浮かないし、俺も話がしたいわけでもなく周囲に気を張って歩いているので会話が生まれる余地はにない。そもそもお互いにあまり知らないし、ほんとに席が隣というだけの俺たちは他人であることを強く突きつけられる。


ストーカーと訊いて少し身構えていたが、杞憂だったらしい。少なくとも今日は無事、家に帰れた。隣のアパートなのでもう送る必要性もなさそうだが、一応最後まで面倒を見るか。


「送ってくれてありがとう」


「送るっていっても隣だしな。何かあった時用に連絡先交換しろってさ」


 俺が学校生活でまさか連絡先を交換するなんて思ってもみなかった。理由は明白だがお互い不慣れで少しまごついた。


 周囲に気を張って歩いたが特に怪しい人物も見かけず、気配もなかった。警官でもない素人なので見落としているだけかもしれないが、とにかく今日は何事もなく帰宅することができた。


 それから2日後も特に何事もなく終わった。俺が近くにいるお陰なのか、それとも単に諦めがついたのか、もしくはそもそも不知火の勘違いだったのか、なんにせよ次の日からは俺と不知火の距離をもっと放しお互いに顔が視認できるくらいまで空けることにした。別にストーカーに現れてほしいわけではないが、ずっとこのままというわけにもいかない。少しずつ距離を離して様子見をすることにした。


 結果からいうと3日目、4日目も変化なし。基本的にストーカーというのはどんどんとエスカレートしていくものらしいが、そんな雰囲気を感じない。水梨先生に相談したところ、とりあえずあと10日ほど続けて、最終日は俺じゃなく先生が車から不知火を見守り何事もなければ一旦終了ということになった。


 9日目、俺にとっては最終日。距離を空けているため会話はない。3日目からはそのおかけでだいぶ楽だった。最早一緒に下校というよりも、帰り道が同じだけって感じだ。今日も無事に終わりお礼を伝えるために、マンションまで不知火が駆け寄る。


「いつもありがとう」


 「別にいいよ。ただ帰り道歩いてるだけだし」


 別れの挨拶を告げ、家に帰る。そういえば、緊急用で交換した連絡先は意味のないまま終わってくれた。もう、削除かブロックしてもいいだろうか。どうせ使うこともないし。流石に明日、不知火に訊いてからにするか。こういう時にメッセージを送ればいいのだろうが、なんか面倒くさくてやる気が起きない。それなら口頭で言った方が楽な気がする。


「やっと終わったな」


 正直、後半は周囲とか全く気にしてなかった。真相がどうなのかとは分からないが、不知火が精神的に不安定で過敏になっているってだけってのも十分ある。また何かあれば、水梨先生から駆り出されそうだが一先ずは安心ということでいいだろう。






 この時、俺はなるようになると楽観的に考えていた。少なくとも辻川湊にはこれ以上の厄介後は回ってこない。それが、間違いであること、俺自身と不知火夜霧の人生を左右する岐路に立たされていることをまだ知らない。


―2―


 時刻は9時半。風呂も済ませあとは自由時間である。趣味と呼べる程のものではないが、ゲーム、筋トレ、読書、動画でいつも時間を潰す。気が向いたもの、時間を忘れる様なものをその日の気分で選んでいる。


「なんか、どれも気乗りしないな」


 さっさと寝てしまうか。この頃よく思うのが睡眠の楽しさだ。普段より多くの時間、寝れると思うと楽しみで仕方ない。この歳で現実に楽しみがなく、夢の中や睡眠に楽しみを覚えてしまうのは如何かものかと自分でも思うが仕方ないだろう。


 スマホから着信音が鳴っていた。久しぶりに聴いたな。


 でも、これは、脳裏に悪い想像が過る。急いで確認すると、それは案の定不知火夜霧のものからだった。

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