第36話 水車小屋を芝居小屋にして、6畳間で2.5次元の立ち回りを演出します

 それから数日後。

 私とイフリエは、街から遠く離れた村の水車小屋にいた。

 その表紙を見つめていたダンピールのイフリエが、顔を上げる。

「まず、逃げ回らないことだよ」

 やましいことは何もしていない。

 私も頷いた。

「足場を固めよう……まず、どうする?」

 イフリエは『魔王ディア―フォールと呪いの皇子』の台本を取り上げて、ページをめくる。

「実力を見せなくちゃいけない、でも、目立っちゃいけない」

 その答えを、私は知っていた。

「アングラね」 

 主流を外れた小劇場演劇。

 この表紙と同じ名を口にした、魔神を自称するあのイケメン演出が、私を落としたオーディションで教えてくれたことだった。


 プリースターに見つからないよう、上演できればいちばん手っ取り早い。 

 さっそく、誰が持ち主かも分からない、この水車小屋を芝居小屋にすることにした。

「小屋に合わせて舞台を作れ、ってね」

 水車につながれた臼の前には、8畳ほどの空間がある。

「船底の決闘からかな」

 人々から疎まれる呪われ皇子が、船底に潜り込んでの密航中に、海の真ん中で魔王と遭遇する場面だ。

「どこにでもいるな、貴様」

 冷たく笑うイフリエに、魔王を演じる私はけだるい口調で答える。

「魔王とはそういうものだと心得るがいい」

 水車小屋を船底に見立てて、そこらで拾った木の枝でチャンバラを始めると、戸口の辺りで物音がする。

 さては見つかったかと身構えると、季節外れの粉を挽きに来たと思しき中年女が茫然としていた。

 

 芝居をしていると分かると、日が暮れてからカンテラの明かりを手にやってくる客が増えてくる。

 舞台となる8畳も、2畳分は客席にしなければならなかった。

「立ち回りができない」

 イフリエは不満を漏らしたが、打つ手はあった。

「お客さんが中心だからね」

 私が言うのは、喩えでも何でもない。

 円周上で立ち回りを演じるのだ。

 右を左を、ときどき後ろを見ながら、客は口々につぶやいた。

「目が回る……」

 それは、最高の褒め言葉だった。

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