第29話 立ち回りの最中にやってきたお忍びの女王様に気を取られそうになってダメ出しまでされましたが、めげずにプライドを見せました

 絶妙の間で続いていた立ち回りとセリフのやりとりは、あるとき、ぴたりと止まった。

 客の周りをくるっと回って間を詰め、鍔迫り合いに持ち込んで囁く。

「何してんの」

 あれ、と目を遣った先には、見覚えのある娘が、かぶりつきで見つめている。

 間違いなく、お忍びのタウゼンテだ。

 客に気付かれたら芝居は台無しになる。

「集中して」   

 無理だ、と答えるイフリエから飛びすさって、水車小屋の隅の闇に飛び込む。

 どこへ消えた、と辺りを見渡す隙に、客の後ろに回り込んで挑発する。

「私はここだ」 

 客の目がこっちへ向いて、タウゼンテはいちばん後ろになる。

 だが、イフリエが回り込んで打ちかかるのを見ようとしたのか、優雅に立ち上がる。

 それに気を取られた私もに再び顔面を強打されかかったイフリエだったが、そこはダンピール、瞬く間に姿を消していた。

 今度は私が辺りを見渡す番だった。

「どこへ消えた」

「消えてなどいない」

 その声に、後ろを取られていたのに気付く。 

「いつの間に」

 芝居抜きに思ったことに、イフリエは呪われ皇子としてアドリブを返す。

「同じことをしただけさ」

 そこでタウゼンテは座り込んでくれたが、不満げな顔をしていた。

 もう、引き際だろう。

 私は暗がりへと退いて、結末をつける。

「また会おう、我が名は……」

 そこで水車小屋の扉を開けてやると、まるで魔王が出ていったかのように見えるはずだ。

 芝居が終わったというサインにもなるので、客はひとり、またひとりと帰りはじめた。


 髪型も服装もオタクっぽいもっさり娘になったタウゼンテは、最後に残ったところでダメ出しをする。

「見せる人数が限られますね、ここでは」

 むっとするイフリエを押しとどめて、私たちの決意を告げる。

「無事に戻る方法は、これしかありません」

 魔神討伐から人々の目をそらせる実力を見せてこそ、タウゼンテもプリースターを黙らせることができる。

「やってごらんなさい」

 そう言い残して、お忍びの女王も夜闇の中へと出ていった。   

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