第27話 パワハラ座長不在の宿舎に逃げ込んだら追っ手に見つかりましたが、女王様が権力ざまあを発動してくださいました

 だが、観客は帰ろうとしない。

 仕方なく、イフリエは立ち上がった。

「景気がいいようだな、用心棒」

 勝手な設定に、タウゼンテが応じる。

「さっぱりよ、狼どもの群れに親玉がいるって噂が立ってな」

 拳のひと振りで、イフリエは倒れてみせる。

 私がタウゼンテにすがりつくと、芝居っ気たっぷりに慰められた。

「怖がりなさんな、顔も姿も分からない奴を」

 人だかりの中から、歓声が上がる。


 だが、それは狼の遠吠えに似た狂気の叫びにかき消された

 たちまちのうちに、手に手に剣を持った平服の男たちが駆け込んでくる。

「ここか!」

 タウゼンテが、逃げる先へ目を遣って私たちを促す。

「プリースターの手の者です……今のうちに」  夕闇が迫る中、私たちがタウゼンテに導かれて駆け込んだのは、あの宿屋だった。

 満席の客をちらっと眺めて、イフリエは呻く。

「フードは目立つし、逃げ道がない」

 入口から踏み込まれたら勝手口だけ、客室に逃げるのは論外だ。

 さらに、私にも心配はあった。

「ホーソンがいるんじゃない?」

 一座にいた者の背格好は覚えているだろう。

 追手が来なくても見つかってしまうかもしれない。

 早く出ようとイフリエが急かすのを、お忍びの女王タウゼンテは押しとどめた。

「あの座長はいません」

 聞けば、私とイフリエが消えてから、焦って追加メンバーを探し回っているのだという。

 さらに付け加えるには、こうだ。

「私が金を出している場所に踏み込むこともないでしょう」 

 だが、言ったそばから酒場の入り口が開いて、プリースターの配下が踏み込んできた。

 ひとり、またひとりと、首実検をされた客が出ていく。

 イフリエが舌打ちした。

「下手に逃げたら疑われるだけだ」

 タウゼンテが苛立たしげにつぶやく。

「私の許しもなく……なんと容赦のない」

 その間にも、プリースターの配下は迫ってきた。

「イフリエとアサミだな」

 ご丁寧に突きつけられた人相書きから逸らした目で合図すると、イフリエも黙秘権を行使した。

 もっとも、この国にそんなものがないことは、女王がいちばんよく知っている。

 フードをはねのけて立ち上がると、ひれ伏した男たちに毅然とした声で命じた。

「プリースターを呼びなさい」


 プリースターがやってくるまでの間にやってきた、宿の主などは呑気なものだった。

「あの……そのお若い方々は、その……お泊りで」 

 まるで逢引でもしているかのような言い方だった。

 そこへ、呼びつけられたプリースターが不機嫌そうに、お忍びの女王への苦言を呈する。

「いかなるおつもりでしょうか? ダンピールの疑いがございますのに」

 イフリエへの冷たいまなざしを遮るように、タウゼンテはきっぱりと言い切った。 

「私たちが戦う相手は血を啜る魔神です」

 だが、プリースターは平然と言い返す。

「ダンピールも血を啜りますれば」

 金と黒の混じった髪の房を晒して立ち上がったイフリエを私が押しとどめると、プリースターは勝ち誇ったように尋ねた。

「なぜ、かばいなさる? 君主のなさることとは思えませんが」

 タウゼンテはしばし唇をかみしめていたが、やがて、プリースターに命じた。

「宰相の手の者が行き届かぬ故、自ら探しに出たのだ……この者どもを捕えよ!」 

 宿屋の主人が年の割に凄まじい速さで奥へと後ずさる。

 だが、その目がタウゼンテの目配せを捉えていたのを私は見逃さなかった。

「イフリエ!」

 促すまでもなく、彼にも察しがついていたようだった。

 プリースターを待ったのは、時間稼ぎだ。

 宿屋の主人は逃げ道を塞ぐかのように勝手口を背にしたが、私たちは「逢引に空けてあった」2階の部屋へと駆け込む。

 開け放たれた窓の向こうに続く屋根に向かって、私を小脇に抱えたイフリエは跳んだ。

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